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No.20044 マッピン&ウェッブ シルバープレート ティー or コーヒー ポット
蓋のつまみまでの高さ 19.0cm、注ぎ口先端からハンドルまでの長さ 17.2cm、ボディの最大直径 9.8cm、重さ 512g、容量 1.5 Pint(=855ml)、Mappin & Webb作

古い品ではありますが、とてもコンディションがよろしくて、綺麗なまま現在に至っているところが嬉しいマッピン&ウェブのポットです。

容量は1.5パイントですから、イギリスで言えば中型サイズのポットになりましょう。 

実際に使ってみて、ポットのお湯残量が多い時でも少ない時でも、すっきり気持ちよくお湯切れします。 ハンドルには指かけもありますので扱いやすく出来ています。

蓋のつまみは取り外しが出来ます。 時々のクリーニングが容易に出来ましょう。 ヒンジがしっかりした作りであるところも、メーカーのよさを表しているように思います。

写真四番目に見えるように、裏面には 「1 1/2 PINT」の表示があり、これは容量を示しておりますが、英国風な Pint 表示となっています。 1と1/2パイントですから、570ml*1.5=855mlです。 他に「MAPPIN & WEBB」のメーカー名や、「LONDON & SHEFFILD」の文字などが見えています。

アンティークのポット一般に言えることですが、大きくて重たい品が多く、そこへさらにティー or コーヒーが入るとなると、重くて持つのが大変です。 このポットの容量ですと、英国アンティーク ポットとしては小振りから中程度の大きさになりますが、日本の急須の感覚から言えばそれでも十分に大きく、一人か二人で日常使いするにはちょうどよいサイズと思います。 「大は小を兼ねる」ということでお一人用、あるいは普通にはお二人用としてお使いいただけるでしょう。

ティーやコーヒーがお好きな方なら、書斎の机にこのポットを置いて、仕事や勉強をしながら毎日親しめるアンティークはいいものです。 可愛らしいアンティークで、日常使いに欠かせないポットになろうかと思います。

この品を作ったメーカーである 「Mappin & Webb」の名前に惹かれたこともあって求めました。 このティーポットを作った「Mappin & Webb」は言わずと知れた有名メーカーですが、その歴史は興味深いので、少し振り返って見ておきましょう。

マッピン関連のアンティークを扱っていると、「Mappin & Webb」とよく似た名前の「Mappin Brothers」というシルバースミスに出会うことがあります。
「Mappin Brothers」は1810年にジョセフ マッピンが創業した工房で、彼には四人の後継ぎ息子がありました。四人は上から順にフレデリック、エドワード、チャールズ、そしてジョンで、年長の者から順番に父親の見習いを勤めて成長し、1850年頃には引退した父ジョセフに代わって、四兄弟が工房を支えていました。

ところが末っ子のジョンは、工房の運営をめぐって次第に兄たちと意見が合わなくなり、ついに1859年には「Mappin Brothers」を辞めて独立し、「Mappin & Co」という銀工房を立ち上げました。 以後しばらくの間、「Mappin Brothers」と「Mappin & Co」は「元祖マッピン家」を主張しあって争うことになります。

しかし最初のうちは「Mappin Brothers」の方が勢力があったこともあり、1863年には末っ子ジョンの「Mappin & Co」は「Mappin & Webb」に改名することとなりました。 Webbというのはジョンのパートナーであったジョージ ウェブの名から来ています。

「元祖マッピン家」問題では遅れをとったジョンでしたが、兄たちよりも商売センスがあったようです。 スターリングシルバー製品以外に、シルバープレートの普及品にも力を入れ、目新しい趣向を凝らした品や新鮮なデザインの品を次々と打ち出し、しかも宣伝上手だったのです。 ヴィクトリアン後期には当時の新興階級の間でもっとも受け入れられるメーカーに成長し、それ以降のさらなる飛躍に向けて磐石な基盤が整いました。

20世紀に入ってからの「Mappin & Webb」は、「Walker & Hall」や「Goldsmiths & Silversmiths Co」といったライバルの有名メーカーを次々にその傘下に収めて大きくなり、今日に至っています。 また、「Mappin Brothers」ですが、時代の波に乗り切れなかったのか、1902年には「Mappin & Webb」に吸収されてしまっています。 ただ、その頃には三人にお兄さん達はとっくの昔に引退しており、後を継いだエドワードの息子さんも引退して、マッピン家のゆかりはいなかったようです。 そうこう考えると、ジョージアンの創業で、ヴィクトリア時代に二つに分かれたマッピンが、エドワーディアンに入ってまた一つの鞘に戻れたことはよかったのかなとも思うのです。

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マッピン&ウェッブ シルバープレート ティー or コーヒー ポット


No. 20236 ベル鳴らし人のギルド Good Luck シルバーベル&船舵 モチーフ 銀フォブ ペンダントヘッド with エナメルワーク
縦の長さ(留め具含む) 3.8cm、本体円周部の直径 2.5cm、厚み 1.5mm、重さ 6g、1930年 バーミンガム

グッドラック シルバーベル& 船舵 モチーフのスターリングシルバー フォブで、今から八十年以上前の1930年に作られた銀製品であることが、ブリティッシュ ホールマークを読み取ることで分かります。 当時のイギリス社会を映すアンティークであることに興味を惹かれます。

青色のエナメルワーク地に書かれている『Hereford Diocesan Guild of Bell Ringers』を日本語にしてみれば、『ヘレフォード 教会管区 振鈴者 同業組合』となりましょう。 また、全体のフォルムが船舵となっているところも、この銀製アンティークのポイントです。

ギルドというのは同業組合のことで、そういえば、世界史の授業で習った記憶があります。 Bell Ringers=ベル鳴らし人のギルドとは、なんとも悠長で、その言葉そのものから既にしてアンティークな雰囲気が漂ってまいります。

かつてのイギリスにはさまざまな同業組合があったわけですが、ベル鳴らし人=振鈴者 同業組合とは、忙しい二十一世紀の今日ではちょっと想像し難いもので、ゆったりしたそういう組合が、古きよき時代にはあったということに、なんだかほっとする、そんな銀製アンティークと感じます。

私の家の周りでは、日曜の午前と水曜の夕方には近くの教会から鐘の音が聞こえてきます。 あるいは結婚式がある時には、ずいぶん盛大に鐘の音が響き渡ります。 今ではボランティアの人たちが鐘を鳴らしたり、機械仕掛けの方が多いと聞きますが、その昔のイギリスではベルリンガー ギルド(ベル鳴らし人同業組合)の人たちが仕事にしていた時代もあったそうです。

ベルリンガー(振鈴者 orベル鳴らし人)とは、どんなものか、こんな映像を見つけましたのでご参考ください。
https://www.youtube.com/watch?v=WgPadl4qZ4w
https://www.youtube.com/watch?v=inI0KWRO2mw

ヒュー・グラント主演の映画 『フォー・ウェディング』(Four Weddings and a Funeral)では教会の鐘が鳴り響く場面がたくさんあります。 結婚式の教会の鐘の音っていいもんだなと聞きましたが、裏方さんの様子を知ると、けっこうたくさんな人たちで、いい運動になりそうな様子。 

裏面にはブリティッシュホールマークがしっかり刻印されているのも、この品のよい特徴です。 ホールマークは順にメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1930年のデートレターとなります。

ベルのモチーフは教会における結婚式の鐘(Marriage Bells)を連想させます。 また、英語には「sound as a bell (申し分ない状態で or きわめて健康で)」という言い回しがあり、ベルのよい意味合いが見て取れます。 さらには写真の品の場合は純銀製で、シルバーという素材は幸福に通じることからことから、銀のベルはグッドラック モチーフになりましょう。 

もう一つ、船舵フォルムについてですが、モチーフとしてのホイールはTime(時の経過)、Fortune(運勢、幸運、財産)、Sun(太陽)等をシンボライズするデザインです。 また、クリスチャンモチーフとしての意味合いにおいては、セント・.キャサリンを表象するデザインとされます。 そうした中で特に中世の昔にあってはFortuneの意味合いが重視されていました。 パリのノートルダム寺院やアミアン大聖堂のゴシック建築に見られる中世の円形窓は、Wheel of Fortuneを表現していると言われます。

時をくだって、船舵のデザインはマリンモチーフが流行った頃の影響が出ているとも考えられます。 エドワーディアンの頃にかけて、ブライトンなどの海浜リゾートが賑わって、ロープや船の舵、波、シーガル、ヨットといったマリンモチーフが人気となったのです。 そしてマリンモチーフの中でも船舵デザインは、未知の海原に途を切り拓いていくポジティブイメージを示すデザインとして好まれたものです。

ラッキーモチーフとしてのベルに加えて、航路を切り拓いていく船舵のよい意味合いも重ね合わせて、縁起物アクセサリーとして使ってみたいと思い、私はデスクの前の見えるところに飾っています。 

エナメルワークとは日本語で言うと「七宝焼き」のことで、金銀などの貴金属にガラス質の釉薬を焼き付ける装飾技法です。 元々は古代エジプトに起源を持ちますが、奈良時代には日本にも伝来しました。 その後七宝焼きは日本で技術的な発展を遂げ、ヴィクトリア時代の英国では、逆に日本の技術が大いに研究もされました。 このあたりの経緯は、「英国アンティーク情報」欄の「10.エルキントン社のシルバープレート技術と明治政府の岩倉使節団」後半に解説があります。 

ベル鳴らし人のギルド Good Luck シルバーベル&船舵 モチーフ 銀フォブ ペンダントヘッド with エナメルワーク


No.20238 ホースブラス 帽子の英国紳士
縦の長さ 7.7cm、横の長さ 6.5cm、最大厚み 5mm、重さ 53g、五千円

帽子のイギリス・ジェントルマン、やはりここはシャーロック・ホームズと見たいところ。

かなり年季が入っているようですが、ピカールで磨けば綺麗になりましょう。 

ただ、ここまでの色合いになるには年月を要しますので、このままの渋さを楽しむのもありかと思います。

ホースブラスは、もともとは実用品の馬具ですが、ヴィクトリアンの終り頃から、室内飾りとして収集されるようになりました。 

イギリスにはホースブラスの専門家がいて、ホースブラスだけを扱った書籍も出ています。

ホースブラスの歴史や由来を紐解くと、
designed to bring good luck or to ward off evil.
(グッドラックを招くため、あるいは邪悪なるものを寄せ付けない為に作られた。)
とのこと。

なかなかに、奥が深いものであるなあ、と感じます。

近所のパブでいくつか飾ってあるのを見ました、パブの装飾品としても一般的なようです。

ヴィクトリア時代から続くパブの暖炉です。
暖炉周りの上部に、ホースブラスが横並びに飾られているところ、ご注目ください。
ホースブラス 帽子の英国紳士イギリスのパブ、ホースブラスが飾られている。


No.20216 エルサレム クロス 透かし細工 マザー オブ パール ブローチ
マザー オブ パールの直径 3.6cm、留め具を除く本体MOPの最大厚み 3mm

このMOPクロスに見られるクロスの集合体はエルサレム クロスと呼ばれます。

中央の大きなクロスを座標軸と見立てると、第一象限から第四象限まで、それぞれに小さなクロスが入っている格好です。
これらの小さな四つのクロスは、イエス・キリストの言葉が世界の四方へ広まって行った様子を示しているとされます。

また、エルサレム クロスは、あるいはクルセーダーズ クロスと呼ばれます。11世紀の終りに第一回十字軍がセルジュクトルコに侵攻して、エルサレム王国や十字軍諸国家を建設した当時より、十字軍(Crusader)旗印に使われてきたクロスであるからです。


MOPブローチ大中小のうち、大サイズから中サイズの間に位置するサイズになります。

細工の精巧さが特徴で、手仕事で丹念に作られた繊細な透かし彫りのブローチです。 デザインのよさに加えて、マザー オブ パールの輝きに惹かれて求めました。 

透かし細工は糸鋸を引いた跡が残り、手仕事であることがルーペで見てみると分かります。 

マザー オブ パールという素材はミルクホワイトの輝きが内側からこぼれてくる感じで、光に当たると見えてくるうっすらとした虹色の輝きが綺麗です。 

マザー オブ パールの品をお買い上げいただいたお客様から、次のようなお便りをいただきましたので、ご紹介させていただきます。
『白蝶貝のうっすらとした輝きがとても綺麗です。 まるで、嵐が来る前の空のようだと思いました。 上空を凄い速さで白い雲が流れていく中、時折、空全体がぱあっと明るくなる様子を髣髴とさせます。』

イギリスは一日の中でもお天気の移り変わりが激しくて、さっきまで晴れていたかと思うと、一転してにわかに雲が天を覆うことも多く、お客様からの文章にあったような光景をしばしば目にいたします。 なるほどと、マザーオブパールをとてもよく形容しているように思いました。

このタイプのマザーオブパール工芸品はベツレヘム界隈で作られた品が多いようです。
イスラエル建国に英国が深くかかわってきたことで、英国には大きなユダヤ人コミュニティーがあり、イギリスに入っている品も多いのだろうと思います。

ベツレヘムはイエス・キリストの生誕地とされます。
イギリスの小学校では、クリスマス前の学芸会で、ベツレヘムを舞台としたNativity(=キリスト降誕)の劇を、低学年の生徒たちが演じて、保護者も一緒にクリスマス前のひと時を楽しむのが定番になっています。

学年の中でもちょっと気が利いた感じの賢そうな子たちが東方の三賢人役となって、三つの贈り物を持って、ベツレヘムの星に導かれて、イエスを祝福&拝みに来るストーリーです。

三つ子の魂ではありませんが、羊飼い、飼い葉桶、ベツレヘムの星、東方の三賢人といったキーワードは子供たちにしっかり根付いていきます。

ところで、エルサレムからわずか10㎞弱の隣街ベツレヘムですが、世界史上の紛争地域として、この辺りのややこしさはピカイチです。

第一回十字軍がエルサレムを占領したのが1099年。
イスラムの英雄サラディンがエルサレムを奪還したのが1187年。
この時に様子は次のよう。
『テンプル騎士が据え付けていた金色の大十字架を、サラディンが引きずり落した。イスラム教徒は、アラーは偉大なりと叫び、キリスト教徒は悲しみの声を発した。両者の叫びで大地が揺れ動くかのようだった。』

19世紀の終り頃からシオニズム運動を経て1948年にイスラエル建国。
そして、四次にわたる中東戦争。パレスチナ問題の発生。

争いは長く引き継がれ、こじれにこじれて、今日に至っています。
ところが、最近、この紛争の地に変化の兆しが見えています。
2018年9月、トランプ大統領がイスラエルからパレスチナを独立させるぞと、初めて米国の方針を表明しました。

https://twitter.com/igirisumonya/status/1045034228197601283

Trump supports 2-state solution for the first time
He also said Israel will have to make consessions.

President Trump announced for the first time today that he supports a "two-state solution" to the Israeli-Palestinian conflict, and the founding of an independent Palestinian state.

人の歴史の中でも、特別に長く、こじれた、この紛争を解決の方向に持っていけたら、それこそ世界史上の事跡になろうかと思います。

皆にとって歴史がよい方向に動くよう期待していますし、現在進行形で大きく歴史が動く様子が見れること、ワクワクします。

透かし細工 マザー オブ パール ブローチ


No.20222 マザー オブ パール クロス & フラワー ブローチ SOLD
縦の長さ 3.4cm、横の長さ 1.8cm、本体の最大厚み(留め具含まず) 2.5mmSOLD

マザー オブ パール クロス & フラワー ブローチ


No.20051 アスプレイ アール・デコ スターリングシルバー ティースプーン 一部 SOLD
長さ 11.0cm、重さ 11g、ボール部分の長さ 3.6cm、最大横幅 2.4cm、深さ 6mm、柄の最大幅 1.15cm、1971年 バーミンガム、Asprey & Co. Ltd 作、(12本あります-->6本あります-->5本あります)

直線的なアール・デコ 幾何学デザインのスターリングシルバー ティースプーンです。 シルバースミス(=銀工房)は Asprey & Co. Ltd になります。 

このアスプレイというお店は1781年創業、英国王室御用達で、現在でもイギリスにおける宝飾店の最高峰と言われ、ロンドンのボンドストリートに立派なお店を構えています。 イギリス銀製品を専門に扱うガイドブック 『Jackson's Hallmarks』 では、アスプレイについて「Justifiably famous for the quality of its products (もっともで当たり前のことながら、その品質の良さは有名である。)」と最上級のコメントです。

Asprey & Co. Ltd
http://www.asprey.com/collection/silver/tableware/eggcups/chicken-leg-egg-cup-spoon

アスプレイの作となる同じデザインのテーブルスプーンを以前に扱ったことがあります。 そのテーブルスプーンは1936年の作でしたので、写真のティースプーンのデザインは1930年代 アール・デコの時代から少なくとも1971年までの長きにわたって、アスプレイの定番として取り扱われてきたことが分かります。 

イギリスでも超のつくような老舗においては、頻繁にモデルチェンジしないと言うか、よいものであれば、あくまでも昔のものにこだわっていく姿勢が伺えて、興味深いところです。 ただ一方で思いますのは、こういう古いものへのこだわりは、老舗に限らず、広くイギリス人一般に見られる特性の一つかも知れません。 

昨今の例で言えば、イギリスがなんだかんだ言って、欧州共通通貨ユーロに参加せず、あくまでもスターリングポンドにこだわり続ける姿勢も、根っこのところでつながりがあるように見ています。

写真二番目に見える裏面のホールマークは順に「Asprey & Co.Ltd」のメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1971年のデートレターで、どの刻印もはっきりしています。 

林望氏の『イギリス観察辞典』という本に「アスプレイ」の項目があり、面白く分かりやすい解説がありますので、詳細は本をご覧いただくとして、抜粋をご紹介しましょう。

『世の中にまた、アスプレイという会社ほどイギリス的なものもあるまいと思われる。この会社はまったく不思議な組織で、アスプレイ家が経営している王室御用達の店なのだが、いったい何を商っているのかというと、なんでしょうねぇ...おおまかに言えば雑貨屋さんなのだ。しかし、そんじょそこらの雑貨商とは全然違う。 

いかなる注文にも応じて、この会社の職人に作れぬものはない、...

「たとえば...」とアスプレイのスタッフは言った。「当社では、お客様にロンドンへお越し頂くのではなくて、ロンドンから職人を派遣して、お客様のご注文を承る、ということになってございます。」  そのようにしてカスタムメイドされた流麗な散弾銃が二挺一組で六万五千ポンドだそうである。 ざっと千三百万円! どうです、安いものでしょう。

むろんこの会社は「物」を作って売る会社ではあるけれど、その本当の趣旨はもう少し深いところにあって、たぶんそういうイギリス人魂とか、イギリスの夢とでもいうようなものを、「何かの形」に作って売ることを目的としているのであろう。』 以上抜粋。

それから、このアスプレイにはアンティークシルバーのコーナーもあります。 ロンドンのボンドストリートやニューボンドストリート沿いの老舗アンティーク店の中でも、とりわけアスプレイは高級店で、気軽さはありませんが、英国にお越しの際にはロンドンアンティークショップの最高峰を見てみるのも面白いかも知れません。

1920年代、30年代はアール・デコの時代ですが、ヴィクトリアンあるいはエドワーディアンの伝統的で凝ったシルバーデザインとは大きく異なる変更が、この時代にあったことは、とても興味深いと思います。 ある解説によれば、このデザイン上の大きな断絶を生み出した最大の要因は第一次大戦だったと言われています。 当時の人たちはヴィクトリアンとエドワーディアンの輝かしい伝統の延長上に世界大戦が起こったことに大きなショックを覚え、ポストワーの時代には、昔の時代から距離を置きたいと望む風潮が強く、そこにアール・デコがぴたりとはまったというわけです。 

アール・デコについてはいろいろな説明がありますが、この解説はかなり言いえているように思います。 イギリスを隅々まで旅してみて、どんな小さな田舎の村にも、第一次大戦の戦没者を悼む記念碑が建っているのを知りました。 英国人の暮らしを根底から揺るがした出来事であったことが想像されるのです。

アスプレイ アール・デコ スターリングシルバー ティースプーン



No.20215 ベツレヘムの星 シルバーフレーム & 透かし細工 マザー オブ パール ブローチ&ペンダントヘッド SOLD
シルバーフレームの直径 3.1cm、マザー オブ パールの直径 1.65cm SOLD
ベツレヘムの星 シルバーフレーム & 透かし細工 マザー オブ パール ブローチ&ペンダントヘッド


No.20237 ホースブラス 雄鶏
縦の長さ 7.8cm、横の長さ 6.9cm、最大厚み 4mm、重さ 55g、五千円

近所のパブに「Fighting Cocks」という名前のパブがあります。 イギリスで最古のパブだそうで驚きました。 

ただし、イギリスにおける闘鶏は、ずいぶんと昔に禁止になっています。 動物愛護のお国柄は、その歴史も長いというところ。

ホースブラスは、もともとは実用品の馬具ですが、ヴィクトリアンの終り頃から、室内飾りとして収集されるようになりました。 

イギリスにはホースブラスの専門家がいて、ホースブラスだけを扱った書籍も出ています。

ホースブラスの歴史や由来を紐解くと、
designed to bring good luck or to ward off evil.
(グッドラックを招くため、あるいは邪悪なるものを寄せ付けない為に作られた。)
とのこと。

なかなかに、奥が深いものであるなあ、と感じます。

近所のパブでいくつか飾ってあるのを見ました、パブの装飾品としても一般的なようです。

ヴィクトリア時代から続くパブの暖炉です。
暖炉周りの上部に、ホースブラスが横並びに飾られているところ、ご注目ください。
ホースブラス 雄鶏ホースブラス 雄鶏


No. 20235 ヴィクトリアン スターリングシルバー 蓋 with ガラスボトル
高さ 23.3cm、底面縦横 5.6cm*5.6cm、銀蓋の直径 3.4cm、1895年 バーミンガム アセイオフィス

今から百三十年近く前のヴィクトリアン後期に作られたスターリングシルバーの蓋です。

ブリティッシュ シルバー ホールマークが完備していることが、この品の優れた特徴になります。

銀製蓋の側面に刻印されたシルバー ホールマークは順に、メーカーズマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、1895年のデートレター、そしてバーミンガム アセイオフィスのアンカーマークです。

ガラスボトルはガラスに不均質感があって、いい感じです。

蓋はスクリュー式で捩じ込むようなタイプではなくて、言わば、上に乗っているだけの昔風な様式です。
ヴィクトリアン スターリングシルバー 蓋 with ガラスボトルヴィクトリアン スターリングシルバー 蓋 with ガラスボトル


No.20234 スリーペンス銀貨 スターリングシルバー ブレスレット
一周の長さ 17.5cm、重さ 15g、3ペンス銀貨の直径 1.6cm、銀貨の鋳造年は1931年から1941年

今から八十年以上前の三ペンス銀貨を使ったスターリングシルバー ブレスレットです。 

三ペンスは直径1.6センチ、やはり銀貨であるところは嬉しいものです。 1931年から1941年鋳造の銀貨ですから、今から八十年から九十年ほど前のことです。 1930年代の銀貨が五枚と、1940年代の銀貨が四枚使われています。

1930年代の銀貨は、スリー エイコーン (三つのどんぐり)のデザインです。 イギリスでは昔からどんぐりがおなじみのモチーフだったことが背景にありましょう。 また、この国では、どんぐり集めに忙しいリスの姿をよく見かけますので、イギリスに住む人々にとっては慣れ親しんだデザインなのかなと思ったりもします。

エイコーン(Acorn=どんぐり)は、古くはローマ時代にまで遡れるモチーフの一つで、ケルティックやスカンジナビアン アートにおいても、Life(生命)、Fecundity(豊かさ、生産力)、Immortality(永久になくならないこと)を表象するモチーフとして好まれてきました。 繁栄をシンボライズするクリスチャンモチーフとして、今日にも引き継がれています。

英語には、『Every oak must be an Acorn.(樫の大樹も元々はみなどんぐり)』という諺があって、一粒の小さなどんぐりで、樫の大木をシンボライズしているケースもしばしば見受けます。 エイコーンは末広がりに大成していく、ラッキーモチーフの意味合いが好まれるのでしょう。

「3」という数字は、日本でもそうだと思いますが、英語ではラッキーナンバーに通じるものがあって、縁起物ではよく出会う数字です。 ホースシューでご紹介したことがある「Three Horseshoes」もそうですし、チェスター アセイオフィスの「Three Wheat Sheaves(三つの麦束)」も同様でしょう。 

キリストが生まれた時に訪ねてきたという「東方の三賢人」の例もあります。 マクベスの「Three Witches」はどうでしょうか、これはなにかと「3」だと落ち着きがいいということかも知れません。 日本でも「三度目の正直」、「仏の顔も三度」、「二度あることは三度ある」など馴染み深いもので、「3」にこだわる意味合いには納得感がありそうに思うのです。

最後に、イギリスの昔のお金についてですが、1ポンド=20シリング=240ペンスなので、「1シリング」=「12ペンス」になります。 ポンド、シリング、ペンスと三つの単位を持っていた英国の旧通貨単位はなんだかとても複雑で、十二進法が混じっているので計算するのも億劫です。
昔、サマセット・モームの「月と六ペンス」の題名を初めて見た時に、なぜ六ペンスなのかと思ったものですが、十二進法の通貨単位では、ちょうどきりがよい数字でもあるのです。
1971年になってようやく旧通貨制度が廃止され、1ポンド=100ペンスのすっきりした十進法の制度に代わって現代に至っています。 

この十二進法時代の名残が、今日の英国人の暮らしにまだ残っていることに、先日気が付きました。 娘が通ったイギリスの小学校では、掛け算の九九のことを「Times Table」と呼んで、低学年の子供たちは日本と同じように暗唱するまで練習します。 ところが日本と違うのは「一の段」から始まる九九が「九の段」で終わらないのです。 イギリスの九九は12*12まで覚えます。 日本の九九は81通りですが、英国の九九は12*12=144通りです。 今日の十進法の暮らしなら「十一の段」や「十二の段」は不要なはずですが、ずいぶん昔の名残が未だに残っていて、先生たちも「十二の段」まで教えないと落ち着かないのでしょう。 

このややこしい12進法の呪縛をイギリス人にかけたのは、一千年近く前にイングランドを征服してノルマン王朝を開いた、元々はフランス貴族のノルマンディー公ウィリアム(=ウィリアム一世)だったことが知られています。 彼がやってくる前のサクソン時代のイングランドでは、「1シリング」=「5ペンス」だったものを、この新しい征服者が「1シリング」=「12ペンス」にせよと定めたのでした。 そしてその後、お金の単位については1971年までウィリアム一世の定めが守られてきたわけで、そしてまた、今でも21世紀の子供たちが「十二の段の九九」を習っているわけなのです。

スリーペンス銀貨 スターリングシルバー ブレスレット


No.20068 ヴィクトリアン 銅製&シルバープレート ハンドヘルド 蝋燭立て & キャンドルスナッファー SOLD
高さ 10.5cm、上から見た最大直径 16.5cm、重さ 512g、帽子の高さ 7.1cm、蝋燭穴の直径 2.2cm、ヴィクトリアン後期の英国製、SOLD

今から百年以上前に作られたヴィクトリアン シルバープレート 手持ち式 蝋燭立てです。 消灯帽子(キャンドルスナッファー)を置く専用部分があります。 このとんがり帽子を蝋燭の灯火にかぶせて、火を消す仕組みです。 蝋燭立て本体部分の波模様レリーフも美しく、なかなかに渋いアンティークと思います。

人差し指と中指をハンドルに絡めて、上部の指置き部分に親指をのせて押さえる格好で手に持つ仕組みですが、手になじんでしっかり運べるハンドヘルド タイプの蝋燭立てです。

シルバープレートが薄くなったところから、地の金属が見えますが、ベースメタルは銅と分かります。 銅ベースにシルバープレートは、当時の高級品です。 銅ベースの品は、持ちはかりがほどよくて、たとえシルバープレートが薄くなっても、それがまた古い品の格調と感じられて、品物のよさを感じます。 


ヴィクトリアンの波模様の優雅さとともに、専用キャンドルスナッファーが付属している様子など、現代の品とはどこか違う、まことに昔風なデザインと作りであって、ヴィクトリアン アンティークならではの、たたずまいを感じさせてくれます。 もちろん、実際に蝋燭を挿して実用可能な使えるアンティークでありますが、このまま飾っておかれても、格調高いヴィクトリアーナでありましょう。

波模様を詳しく見ていくと、Cスクロールも見えています。 スクロールパターン(渦模様)の中でもアルファベットの「C」の形状をしたものを Cスクロールと呼びます。 スクロールは波模様デザインの派生形でもあり、また重要なケルティック モチーフでもあります。

波模様のウェーブパターンは、Continuation(続いていくこと)や Eternity(永遠)を象徴するクリスチャンモチーフで、ヴィクトリアンやエドワーディアンの時代に好まれました。 また、渦巻き模様は「Growth(成長)」や「Energy(活力)」を象徴し、ケルティックアートのベーシックとも言われます。 


クイーン・ヴィクトリアが若干18歳の若さで英国王位を継承したのは1837年のことで、この年から1900年までの64年間がヴィクトリア時代にあたります。 ヴィクトリア女王は在位期間が長かったことと、その時代は英国の国力が格段に伸張した時期と重なっていた為に、イギリス史の中でも特にポピュラーな国王となりました。 アンティークの分野にあっても、この時代の物品を指すヴィクトリアーナ(Victoriana)という用語もあって、ヴィクトリア時代を専門とするコレクタターが大勢いるわけなのです。

昔はこんな品を使って暮らしていたわけですが、今使ってみても、たいへんに趣深い道具で楽しめます。 


灯りものアンティークとしては、オイルランプもいいですが、手持ち式 蝋燭立てというのも、これまたお勧めできると考えています。 蝋燭の灯りは見ていて落ち着きます。 オイルランプよりずっと手軽に使えるので、使用頻度が高まります。 そしていつも手軽に使っていると、ますます愛着が湧いてくるという好循環です。

ポワロ シリーズの『スタイルズ荘の怪事件』でも、手持ち式 蝋燭立て が出てきて、ポワロの推理で重要な役割を担っていました。

ヴィクトリアン シルバープレート 蝋燭立て & キャンドルスナッファー(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)ヴィクトリアン シルバープレート 蝋燭立て & キャンドルスナッファー(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 20091 エドワーディアン アール・ヌーボー スターリングシルバー ティースプーン
長さ 11.2cm、重さ 13g、ボール部分の長さ 3.6cm、最大幅 2.35cm、ボールの深さ 6mm、柄の最大幅 1.35cm、1911年 シェフィールド、James Deakin & Sons作

今から百年以上前の1911年に作られた、アール・ヌーボーのデザインが特徴的なスターリングシルバー スプーンです。 これまで長いこと英国の銀スプーンを扱ってきましたが、写真のようなデザインは見かけたことがなく、第一印象はイギリスの銀スプーンではない感じがいたしました。 

ところが、ブリティッシュ シルバー ホールマークがしっかり刻印されており、シルバースミスは有名どころのJames Deakin & Sonsと分かり、さらには、英国のパテントオフィスにデザインを登録したレジスター番号『Rd.589543』まで揃っていることから、これはもう正真正銘の英国アンティーク シルバー以外の何者でもありません。

James Deakin & Sonsが手がけたアール・ヌーボーということで、興味深く見ております。 それにしても、あまり見かけないレアな品であることから、James Deakin & Sonsによる少量生産だったのだろうと思います。

写真二番目に見えるように、裏面にはブリティッシュ ホールマークが刻印されています。 ホールマークは順にシェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、1911年のデートレター、そしてJames Deakin & Sonsのメーカーズマークです。

シルバースミスのJames Deakin & Sons Ltdは、1865年にジェームス・ディーキンによってシェフィールドで創業されたのが始まりです。1886年には彼の三人の息子達、ウィリアム、ジョン、アルバートもパートナーに加わり、ファミリービジネスとして上述の社名に変更し、その後は順調に発展していきました。1888年にはロンドン支店開設、ヴィクトリア後期の1890年代には、スコットランドのグラスゴーとアイルランドのベルファストにも支店を開設しています。 

しかし多くのシルバースミスがそうであったように、この銀工房の最盛期は英国の国力がピークであったビクトリア後期からエドワーディアンの時代にあったようです。その後は事業を次第に縮小していき第二次世界大戦が始まった1940年には店を閉めました。メーカーズマークの「JD WD」はJohn & William Deakinのイニシャルになっています。 

エドワーディアン アール・ヌーボー スターリングシルバー ティースプーン


No. 20212 ヴィクトリアン ピンチバック & シェル ボタン
直径 1.15cm、ヴィクトリアン終り頃の英国製、(3つあります。)

ボタンというよりは、ヴィクトリアン ジュエリーといった風情に惹かれました。

もともとは、20231ボタンと、20212ボタンはセットで求めました。

このヴィクトリアン アンティーク ボタンは、イギリスで作られて、今こうして日本へ渡ろうとしています。
しかし、思うに、このボタンの背景には、以下にあるような日本とイギリスの関係にまつわる話も、横たわっているのではないかと、私は想像しております。

シェル石油の貝殻マーク、由来は三浦海岸で拾った貝殻 https://www.instagram.com/p/BUKSq18DMVY/

世界最大級の石油会社シェル、社名とロゴマークに貝殻を採用しているのはなぜ?

創業者のイギリス人が明治維新直後の日本にやって来て、三浦海岸で見つけた綺麗な貝殻に商機を感じ、英国に運び込み貝殻細工の宝飾品で財をなしたことが背景です。

三浦海岸の貝殻を元手に巨大石油資本にまで上り詰めたシェル、もともとはロンドンにあった宝飾品&アンティーク店でした。

ちなみに今では帆立貝のロゴマーク、昔はもっとシンプルな貝殻でした。というわけで、シェルと日本とアンティーク、とっても深い関係があります。



No. 20233 ヴィクトリアン アイアンワーク アイロン台
縦の長さ 8.8cm、最大横幅 3.5cm、重さ 25g、高さ 0.9cm、鉄の厚み 2.5mm、ヴィクトリアン終り頃からエドワーディアン頃の英国製

デザインがよくて、それでいて渋いアンティークで気に入りました。 まったくもって小振りなアイロン台で、可愛らしいヴィクトリアン アンティークです。 部屋の飾りやペーパーウェイトによさそうです。 

写真のアンティークは実用品として作られたものですが、ハートのデザインなど装飾性が高いところは、ヴィクトリアン アイアンワークのペンダントヘッド に見られるようなブラックスミスの作品と根っこは同じ仲間たちと感じます。 

金属細工人の中でも鍛冶屋さんをスミスあるいはブラックスミスと言いますが、主要な交通手段が馬や馬車であったヴィクトリア時代においては、ブラックスミスはとても重要な職業で、どこの村にも鍛冶屋さんがありました。 カンタベリー大司教になったセント・ダンスタンは鍛冶屋さんでもあったという話がありますが、これなどは昔の時代にあっては鍛冶屋さん役割が重要であった証左とも言えましょう。

ハートは現代でも馴染み深いデザインですが、その歴史をたどりますと、英国におけるハートのモチーフはジョージアンの頃登場し、ヴィクトリア期に大流行した経緯があって現代に至っております。

ハートの中にはスパイラルが見られますし、上部にはCスクロールも見られますので、あるいはケルティック モチーフを反映しているのかも知れません、。

スクロールパターン(渦模様)の中でもアルファベットの「C」の形状をしたものをCスクロールと呼びます。 上部飾りにはCスクロールが背中合わせに並んでおります。 

ハートの中にダブルスパイラルが入ったデザインはケルティック シェブロン スパイラルと見るのが妥当という気もします。 渦巻き模様は「Growth(成長)」や「Energy(活力)」を象徴し、ケルティックアートのベーシックです。 さらに、ハートの中にダブルスパイラルが入ったケルティック シェブロン スパイラルは、遠い昔のケルトの人たちにとっては「Power(力)」の象徴であり、転じて「計画、実行、そして完成」を意味するシンボルでした。 ハートの形に見えますが、実はその由来は弓矢の先に付ける鏃(やじり)であり、そこからパワーの意味合いが生まれています。

じっくり見ていくと、いろいろな解釈が出てきますが、写真のアンティークを作った鍛冶屋さんの背景には、当時のデザインブックがあったかも知れませんし、扱ってみたいモチーフアイディアがあったろうと想像します。

英国アンティークにはスティール アンティークという専門分野があります。 イギリスには世界初の鉄橋で、ユネスコの世界遺産にもなっているアイアンブリッジという誰もが知っている観光地があって、英国人にとってスティール アンティークと言われてまず思い浮かぶのは、この産業革命の遺産であるアイアンブリッジであることが多いようです。 

鉄の道具の歴史はかなり古いわけですが、ジョージアンの時代の中頃に始まった産業革命の影響が大きく、次のヴィクトリア時代を通じて、鉄製品が芸術的な領域にまで高められていきました。 ですからイギリスにおけるスティール アンティークとは、この国の人たちにとって誇らしいアイアンブリッジや産業革命の延長線上にあって、ヴィクトリアンのノスタルジーを感じさせてくれるアンティーク分野であるのです。

昔の鍛冶屋さんの仕事はと言えば、馬の蹄鉄を取り扱う以外にも、例えば、以下にありますような、パブサイン看板のアイアンフレームを作るような仕事もあったでしょう。 スケッチしましたパブ看板のフレームは、なかなかに見事な作品でありました。
http://www.igirisumonya.com/antiquecenter.htm

ヴィクトリア時代にはどこの村にもあった鍛冶屋さんと書きましたが、二十一世紀の現代でも、イギリスにはまだ多くいらっしゃることを最近知りました。 私は担ぎタイプのゴルフバックを使っているのですが、スタンドの稼動部が壊れてしまいました。 気に入って使っていたので、出来れば直したい。 細いスティールパイプとそれにつながる鉄のL字金具を溶接すれば修理が可能です。 

電話帳で調べたら、街には何軒か鍛冶屋さんがあることが分かりました。 一番近くの鍛冶屋さんと連絡を取って、持ち込んだら、翌日には直しておくとのこと。 しかし出かけるので、修理したら庭先に置いておくから持っていってだって。。。 誰かに取られたりしないかなと心配でしたが、行ってみたらありました。 けっこうアバウトで英国風な職人さんでありました。

ヴィクトリアン アイアンワーク アイロン台

No. 20232 マッピン & ウェブ スターリングシルバー ティースプーン 一部 SOLD
長さ 10.8cm、重さ 10g、ボール部分の長さ 3.7cm、最大幅 2.05cm、ボールの深さ 6mm、柄の最大幅 1.0cm、柄の厚み 2mm、1921年 ロンドン、Mappin & Webb作、 (6本あります-->4本あります。)

今から百年ほど前に作られたMappin & Webbのスターリングシルバー ティースプーンです。 ボール部分が深くて細身なタイプで、品のよさが感じられます。 柄のデザインはシンプルながらも、銀の厚みが感じられて好印象な品と思います。 

ボール裏面のホールマークは順に、Mappin & Webbのメーカーズマーク、1921年のデートレター、ロンドン レオパードヘッド、そしてスターリングシルバーを示すライオンパサントです。 

英国で「アンティーク」という言葉を厳密な意味で使うと、「百年以上の時を経た品」を指すことになります。 そんな訳で、英語で言うと「It will become an antique in four years. (この品はあと四年でアンティークになります。)」という言い方をされることがあります。 アンティークコレクターにとっては、やはり百年という年月の経過は大きなメルクマールになりますので、上記のような会話がなされる機会も多いのです。 

この銀製品が作られたのは1921年ですから、正式なアンティークへの昇格がすぐそばに来ています。 気に入った古いものを使っていくうちに、その品が自分の手元で‘アンティーク’になっていくことは、コレクターの喜びとも言えますので、この品には、そんな楽しみ方もあるかと思うのです。

メーカーは言わずと知れた有名工房ですが、このシルバースミスの歴史をご紹介しましょう。

マッピン関連のアンティークを扱っていると、「Mappin & Webb」とよく似た名前の「Mappin Brothers」というシルバースミスに出会うことがあります。
「Mappin Brothers」は1810年にジョセフ マッピンが創業した工房で、彼には四人の後継ぎ息子がありました。四人は上から順にフレデリック、エドワード、チャールズ、そしてジョンで、年長の者から順番に父親の見習いを勤めて成長し、1850年頃には引退した父ジョセフに代わって、四兄弟が工房を支えていました。

ところが末っ子のジョンは、工房の運営をめぐって次第に兄たちと意見が合わなくなり、ついに1859年には「Mappin Brothers」を辞めて独立し、「Mappin & Co」という銀工房を立ち上げました。 以後しばらくの間、「Mappin Brothers」と「Mappin & Co」は「元祖マッピン家」を主張しあって争うことになります。

しかし最初のうちは「Mappin Brothers」の方が勢力があったこともあり、1863年には末っ子ジョンの「Mappin & Co」は「Mappin & Webb」に改名することとなりました。 Webbというのはジョンのパートナーであったジョージ・ウェブの名から来ています。

「元祖マッピン家」問題では遅れをとったジョンでしたが、兄たちよりも商売センスがあったようです。 スターリングシルバー製品以外に、シルバープレートの普及品にも力を入れ、目新しい趣向を凝らした品や新鮮なデザインの品を次々と打ち出し、しかも宣伝上手だったのです。 ヴィクトリアン後期には当時の新興階級の間でもっとも受け入れられるメーカーに成長し、それ以降のさらなる飛躍に向けて磐石な基盤が整いました。

20世紀に入ってからの「Mappin & Webb」は、「Walker & Hall」や「Goldsmiths & Silversmiths Co」といったライバルの有名メーカーを次々にその傘下に収めて大きくなり、今日に至っています。 

また、「Mappin Brothers」ですが、時代の波に乗り切れなかったのか、1902年には「Mappin & Webb」に吸収されてしまっています。 ただ、その頃には三人にお兄さん達はとっくの昔に引退しており、後を継いだエドワードの息子さんも引退して、マッピン家のゆかりはいなかったようです。 そうこう考えると、ジョージアンの創業で、ヴィクトリア時代に二つに分かれたマッピンが、エドワーディアンに入ってまた一つの鞘に戻れたことはよかったのかなとも思うのです。

マッピン & ウェブ スターリングシルバー ティースプーン



No. 20037 フォートナム&メイソン エコバッグ
素材 ジュート(麻)+コットン水色 、サイズ 横42cm マチ20cm 縦32cm、ご注文で取り寄せ、英国からの郵便事情の錯綜もあり、タイミングとお値段はその時に寄ります。

バッグの両面ともに同じ図柄となっていて、おしゃれな買い物バッグです。 

持ち手のハンドルは左から右まで62センチと長めで、肩掛けOKの使いやすさがあります。

ウェーブパターン様の草花模様は典型的なヴィクトリアン デザインです。

EST 1707の中程に王冠が描かれているのは、英国王室御用達を意識したものでしょう。

その下のティーキャディやスパイス入れも可愛いです。

以下の記述は、フォートナム&メイソンの略史がつづられているようにも読めます。

FORTNUM & MASON
EST 1707
Tea, Spice, Coffee
PROVISIONS
Spice Importers
TEA DEALERS &
GROCERS

フォートナム&メイソン
創業1707年
ティー、スパイス、コーヒー
食糧品
香辛料 輸入業者
ティー ディーラー
食料品雑貨商
フォートナム&メイソン エコバッグ(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)フォートナム&メイソン エコバッグ(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)フォートナム&メイソン エコバッグ(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)

No. 20092 スターリングシルバー ピアストワーク ティースプーン
長さ 11.4cm、最大横幅 2.35cm、透かし柄の最大幅 1.5cm、柄の最大厚み 2mm、重さ 11g、1976年 1979年 1980年、シェフィールド、(3本あります)

透かし細工の綺麗なスターリングシルバーのティースプーンです。 裏面にはブリティッシュ ホールマークがしっかりなのもグッドでしょう。 

ゴルフ関連の銀製品と考えられ、ある意味とても英国風なシルバーウェアと言えると思います。 イギリスではいろいろなスポーツが盛んですが、こういった銀製品との関連の深さでは、ゴルフとライフルクラブが両横綱といった感があります。 

今日ではイギリスのゴルフ愛好家の裾野が広がってきているようでありますが、少し前まではお金持ちのスポーツであったことと関連がありそうに見ております。

写真二番目に見えるように、柄の裏面には「R & D」のメーカーズマーク、デートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そしてシェフィールド アセイオフィスのローズマークが刻印されています。

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スターリングシルバー ピアストワーク ティースプーンスターリングシルバー ピアストワーク ティースプーン


No. 20093 スターリングシルバー ピアストワーク ティースプーン
長さ 11.6cm、最大横幅 2.5cm、透かし柄の最大幅 1.35cm、重さ 11g、1971年、バーミンガム、(1本あります)

20092 透かし銀スプーンと似ていますが、銀工房とアセイオフィスが異なります。 透かし細工もよく見ると、微妙な違いがあります。

透かし細工の綺麗なスターリングシルバーのティースプーンです。 裏面にはブリティッシュ ホールマークがしっかりなのもグッドでしょう。 

ゴルフ関連の銀製品と考えられ、ある意味とても英国風なシルバーウェアと言えると思います。 イギリスではいろいろなスポーツが盛んですが、こういった銀製品との関連の深さでは、ゴルフとライフルクラブが両横綱といった感があります。 

今日ではイギリスのゴルフ愛好家の裾野が広がってきているようでありますが、少し前まではお金持ちのスポーツであったことと関連がありそうに見ております。

写真二番目に見えるように、柄の裏面には「DB」のメーカーズマーク、デートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そしてシェフィールド アセイオフィスのローズマークが刻印されています。

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スターリングシルバー ピアストワーク ティースプーン

No. 20231 ヴィクトリアン ピンチバック & シェル ボタン with ゴールド装飾 カメオ
直径 1.35cm、ヴィクトリアン終り頃の英国製

もともとは、20231ボタンと、20212ボタンはセットで求めました。

ピンチバック フレームの中央にカメオが入っていて、女性の横顔のレリーフが彫り出してあります。 写真をご覧いただくと、髪の毛の部分にゴールド装飾が施してあるのが分かります。

ボタンというよりは、ヴィクトリアン ジュエリーといった風情に惹かれました。

このヴィクトリアン アンティーク ボタンは、イギリスで作られて、今こうして日本へ渡ろうとしています。
しかし、思うに、このボタンの背景には、以下にあるような日本とイギリスの関係にまつわる話も、横たわっているのではないかと、私は想像しております。

シェル石油の貝殻マーク、由来は三浦海岸で拾った貝殻 https://www.instagram.com/p/BUKSq18DMVY/

世界最大級の石油会社シェル、社名とロゴマークに貝殻を採用しているのはなぜ?

創業者のイギリス人が明治維新直後の日本にやって来て、三浦海岸で見つけた綺麗な貝殻に商機を感じ、英国に運び込み貝殻細工の宝飾品で財をなしたことが背景です。

三浦海岸の貝殻を元手に巨大石油資本にまで上り詰めたシェル、もともとはロンドンにあった宝飾品&アンティーク店でした。

ちなみに今では帆立貝のロゴマーク、昔はもっとシンプルな貝殻でした。というわけで、シェルと日本とアンティーク、とっても深い関係があります。

ヴィクトリアン ピンチバック & シェル ボタン with ゴールド装飾 カメオ




No. 20212 ヴィクトリアン ピンチバック & シェル ボタン
直径 1.15cm、ヴィクトリアン終り頃の英国製、(3つあります。)

ボタンというよりは、ヴィクトリアン ジュエリーといった風情に惹かれました。




No. 20230 14カラット ロールド ゴールド フラワー デザイン ロケットSOLD
直径 2.8cm、留め具を含む縦長 3.8cm、厚み 5mm、重さ 12g、1960年代あたりの英国製、SOLD

未使用と思われるコンディションのよさが特徴となっているフラワーレリーフの可愛らしい14カラット ロールド ゴールドのロケットです。 同じくらいのサイズのロケットと比べて、厚めでしっかり作られており、手にした時の心地よい重厚感もポイントと言えましょう。 

蓋の開け閉めは緩る過ぎず、堅た過ぎずのちょうどよい感じで、ピチッとしっかり閉まり、扱いやすいロケットと感じます。 留め具の部分にはメーカーズマークと、素材の14カラット ロールド ゴールドを示す「14ct rg」刻印があります。 

Rolled Goldとはベースメタルに9金や18金の薄金板を重ねた構造の素材で、ヴィクトリアン後期からエドワーディアン頃の英国で流行ったアンティークな素材です。 

フラワーレリーフのデザインや仕上げの様子から見て、1960年代あたりの作と思いますが、イギリスにおけるロールド ゴールド アクセサリーの歴史と伝統を踏まえた系譜上に現れた品であり、興味を惹かれます。 また、このロケットの場合は14カラットの表示がありますので、素材も上々ということになります。
14カラット ロールド ゴールド フラワー デザイン ロケット


No. 20135 スターリングシルバー クロス with ブリティッシュ ホールマーク SOLD
縦の長さ(留め具含まず) 3.7cm、横の長さ 1.9cm、留め具を含む縦長 4.15cm、厚み 1mm弱、1978年 バーミンガム、SOLD
同じタイプの銀クロスが2点あります-->1点あります-->SOLDとなりました。


放射状のカットが美しく光の反射を誘うスターリングシルバーのクロスです。 

ルーペで詳しく見てみると、クロス中心部から外に向かって放射状の直線ラインカットが幾筋も引かれ、それらが菱形山の尾根と谷を上手く構成する設計となっており、結果として数多くの同心円デザインが浮かんでくるように見えます。 

直線のみから丸い円が生み出されてるところが興味深く、計算し尽された幾何学模様なのです。 光の反射と影の様子から、直線から生まれた同心円がご覧いただけると思います。

裏面にはブリティッシュ ホールマークが刻印されていることも、この品のよい特徴になっています。 写真三番目に見える四つのホールマークは順にメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1978年のデートレターです。 

英吉利物屋の扱い品としては比較的に近年の作になりますが、それでも40年という年月が経過しております。 これまでも大切に扱われてきたようですが、こうして半世紀が経ち、一世紀が経っていくのだろうなと見ております。

スターリングシルバー クロス with ブリティッシュ ホールマーク(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No.20017 女神 ブリタニア &エリザベス二世 グッドラック ペニー コイン with エナメルワーク
直径 3.1cm、重さ 11g、最大厚み 2mm弱、銅貨は1967年 鋳造

エナメルワークの美しいグッドラック ペニーです。 幸運を呼ぶお守りのように扱われてきた品と思います。 エナメルの上からカバーグラスがかかっていて、エナメルのコンディションがよいままずっと保てるようになっています。 手にした時の重厚感に惹かれるよい品と感じています。

イギリスには現在の最小通貨単位である1ペニー硬貨について、『Find a penny, Pick it up, and then all day, You'll have good luck.』 (ペニーを見つけて、持っとけば、そしたらその日は一日グッドラックあり。)という言いまわしがあります。 

Good Luck ペニーコインは1967年の銅貨で、ヘッド(表)側はエリザベス二世の若かりし頃のポートレート、テイル(裏)側はイギリス国家の守り神とされる女神ブリタニアのデザインです。 

そして、エリザベス二世といえば、イギリスの現女王であり、ロンドン オリンピックの開会式ではジェームス・ボンドとの共演も話題となりました。 戴冠六十周年のゴールデンジュビリーを迎えても、まだまだお元気で、パワーを与えてくれそうです。 写真のコインは今から半世紀ほど前のもので、その頃から女王を続けてきたことは、やはり凄いことだと思います。

イギリスは1971年の通貨制度変更で、それまでの12進法から10進法に改めましたので、旧制度のペニーコインは1970年を最後にイギリスで七世紀から続く歴史を閉じました。 そういう事情で、1967年の貨幣ではありますが、現在のイギリスでは通用しません。

写真のペニーが使われていた時代は、イギリスで通貨制度改革が行われた1971年より前の時代になります。 当時は1ポンドが240ペンスでありました。 1970年に役割を終えていますから、今日では存在しないのが当たり前ですが、素材となっている銅の価格が今では高騰している為に、ペニーの製造原価という側面から見ても、今ではとてもじゃないけど存在し得ないコインとなっていることも興味深く思います。

もう少し詳しく計算してみましょう。ペニー銅貨は9.4グラム、そのほとんどが銅というコインでした。 ニューヨーク マーカンタイル取引所における足許の銅価格は453gあたり3.25ドルでした。 英貨で1ポンドにあたる240枚のペニーを作る為には重さにして2.256kg、銅価格にして16.1ドル。 ポンドドル相場 1.40$/£でポンドになおすと、11.5ポンドになります。 

1ポンド分のペニーを鋳造するのに、素材の銅価格だけで11.5ポンドのコストがかかるとしたら、そんなコインはとてもじゃないけど存在し得ないでしょう。 銅価格の変遷という事情が背景にあって、写真のペニーには、今となってはアンティークでしか手に入らない希少性が備わっているとも思うのです。

あらためて詳細に見てみると、なかなか細工のよいアクセサリーであることが分かります。 女神ブリタニアや女王が浮き出す形でエナメルがきっちり入っていますし、奥ゆきの感じられるエナメルワークは、光にあたった反射光が綺麗です。 エナメルワークとは日本語で言うと「七宝焼き」のことで、金銀などの貴金属にガラス質の釉薬を焼き付ける装飾技法です。 元々は古代エジプトに起源を持ちますが、奈良時代には日本にも伝来しました。 その後七宝焼きは日本で技術的な発展を遂げ、ヴィクトリア時代の英国では、逆に日本の技術が大いに研究もされました。 

最後にイギリスの昔のお金についてですが、1ポンド=20シリング=240ペンスなので、「1ポンド」=「ペニー銅貨240枚」になります。 ポンド、シリング、ペンスと三つの単位を持っていた英国の旧通貨単位はなんだかとても複雑で、十二進法が混じっているので計算するのも億劫です。

昔、サマセット・モームの「月と六ペンス」の題名を初めて見た時に、なぜ六ペンスなのかと思ったものですが、十二進法の通貨単位では、ちょうどきりがよい数字でもあるのです。
1971年になってようやく旧通貨制度が廃止され、1ポンド=100ペンスのすっきりした十進法の制度に代わって現代に至っています。 

この十二進法時代の名残が、今日の英国人の暮らしにまだ残っていることに気が付きました。 娘が通ったイギリスの小学校では、掛け算の九九のことを「Times Table」と呼んで、低学年の子供たちは日本と同じように暗唱するまで練習します。 ところが日本と違うのは「一の段」から始まる九九が「九の段」で終わらないのです。 イギリスの九九は12*12まで覚えます。 日本の九九は81通りですが、英国の九九は12*12=144通りです。 今日の十進法の暮らしなら「十一の段」や「十二の段」は不要なはずですが、ずいぶん昔の名残が未だに残っていて、先生たちも「十二の段」まで教えないと落ち着かないのでしょう。

このややこしい12進法の呪縛をイギリス人にかけたのは、一千年近く前にイングランドを征服してノルマン王朝を開いた、元々はフランス貴族のノルマンディー公ウィリアム(=ウィリアム一世)だったことが知られています。 彼がやってくる前のサクソン時代のイングランドでは、「1シリング」=「5ペンス」だったものを、この新しい征服者が「1シリング」=「12ペンス」にせよと定めたのでした。 そしてその後、お金の単位については1971年までウィリアム一世の定めが守られてきたわけで、そしてまた、今でも21世紀の子供たちが「十二の段の九九」を習っているわけなのです。
女神 ブリタニア &エリザベス二世 グッドラック ペニー コイン with エナメルワーク女神 ブリタニア &エリザベス二世 グッドラック ペニー コイン with エナメルワーク


No. 20229 14カラット ロールド ゴールド ガーネットの花 デザイン ロケット
楕円の長径 1.9cm、短径 1.3cm、留め具を含む縦長 2.8cm、厚み 4.5mm、重さ 4g、1960年代あたりの英国製

未使用と思われるコンディションのよさが特徴で、ガーネットの花も可愛らしくて、いい感じ。14カラット ロールド ゴールドのロケットです。 

小振りながら、厚めでしっかり出来ており、手にした時の心地よい重厚感もポイントと言えましょう。 

蓋の開け閉めは緩る過ぎず、堅た過ぎずのちょうどよい感じで、ピチッとしっかり閉まり、扱いやすいロケットと感じます。 留め具の部分にはメーカーズマークと、素材の14カラット ロールド ゴールドを示す「14ct rg」刻印があります。 

Rolled Goldとはベースメタルに9金や18金の薄金板を重ねた構造の素材で、ヴィクトリアン後期からエドワーディアン頃の英国で流行ったアンティークな素材です。 

全体の作りやデザインや仕上げの様子から見て、1960年代あたりの作と思いますが、イギリスにおけるロールド ゴールド アクセサリーの歴史と伝統を踏まえた系譜上に現れた品であり、興味を惹かれます。 また、このロケットの場合は14カラットの表示がありますので、素材も上々ということになります。

14カラット ロールド ゴールド ガーネットの花 デザイン ロケット<BR>


No.20133 スターリングシルバー ロケット with ブリティッシュ シルバーホールマーク
楕円の長径 4.3cm、短径 3.4cm、厚さ 6mm、重さ 15g、1978年 シェフィールド アセイオフィス

素材の銀が厚めなので、15グラムと持ちはかりがあり、しっかり出来ています。 コンディションもよろしくて、おそらくあまり使われることなく現在に至っているものでしょう。

ロケットにもいろいろありますが、長径 4.3cm * 短径 3.4cm、大きめな写真を収納されたい方にお薦めです。 

ブリティッシュ シルバーホールマークが刻印されており、正統派の銀であることはポイントです。

手彫りのエングレービングは丁寧かつ精巧な仕上がりで、かなり綺麗と思います。 古い品ではありますが、コンディションの良好な銀のロケットであることもよいでしょう。

手仕事の彫刻は植物文様とウェーブパターンの融合で、基本デザインは深めな彫り、背景部分はシェードを付けた微細な彫刻となっています。 波模様デザインのウェーブパターンは、Continuation(続いていくこと)やEternity(永遠)を象徴するクリスチャンモチーフです。

ヴィクトリアンやエドワーディアンが多い英吉利物屋の扱い品としては、比較的近年の銀になりますが、それでも半世紀に近い年月が経っております。これまでも大切に扱われてきたようですが、こうして半世紀が経ち、一世紀が経っていくのだろうなと見ております。

裏面には四つのブリティッシュ ホールマークがしっかり深く刻印されているのも、この品のよい特徴です。 写真二番目に見えるホールマークは順にメーカーズマーク、シェフィールド アセイオフィスのローズマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1978年のデートレターになります。

ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)は、英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになり、重要な刻印です。 ライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 

横歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から500年ほど前の1544年のことになります。 これは当時テューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。 

銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

歴史や伝統に格別なこだわりを持つイギリス人は、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)にも特別な愛着があって、五百年の長きにわたって、この刻印を使い続けて今日に到っております。

スターリングシルバー ロケッ with ブリティッシュ ホールマーク


No.20071 エルキントン アール・ヌーボー リリーパターン ヴィクトリアン シルバープレート テーブルフォーク with コート オブ アームズ(ウィング紋章) 一部 SOLD
長さ 21.6cm、重さ 74g、柄の最大横幅 2.7cm、柄の最大厚み 4mm、1879年 エルキントン作、(10本あります-->8本あります-->5本あります)

このアンティークを見る五つのポイント
一、明治新政府の岩倉使節団が訪れた有名銀工房エルキントン製
二、アール・ヌーボーの先駆けとなったリリーパターン
三、1879年作と特定できること
四、柄先に彫られたウィングの紋章
五、相当量の銀が使われていること。


かなり大きなアンティーク フォークです、現代的な使い道としてはパーティーのときのサーバーとされるのもよいでしょう。

素材は厚めで質感があり、すべてしっかり出来たところが好ましい、おすすめ出来るヴィクトリアン シルバープレート テーブルフォークです。 そして、アール・ヌーボーの時代を先駆けたリリーパターンというのはやはり大きなポイントでありましょう。 

写真四番目をご覧いただくと、エルキントンのマークが並んでおりますが、左から二つ目に見える四角に「T」のマークが、1879年作であることを示す刻印で、これはエルキントン独自のデートレター システムによっています。 シルバープレートの品においては、その大半が、もっと言えばおそらく99%以上の品では、製作年を特定することは出来ません。 エルキントンの品であっても、デートレターのある場合と、ない場合があります。

そうした事情にあって、1879作と特定できる写真のフォークは、アンティークとしてめったにない優れた特徴を有していると言えましょう。
歴史年表を眺めると、1879年 エジソンが電球を発明とか、1877年 西郷隆盛の西南戦争など、かなり古いと分かります。

長さが22センチほどあります、まあ、本当に大きいです。 ヴィクトリアンのテーブルフォークはこんなにでっかいのかとビックリするのもアンティークの楽しみでありましょう。


エルキントンについては、以下もご参考ください。

エルキントン社のシルバープレート技術と明治新政府の岩倉使節団
Punch:1873年2月2日号』 ヴィクトリアンの英国を伝える週刊新聞


ゆりモチーフのレリーフが華やかで、その優雅な曲線デザインが目を惹きます。 両面に見えるデザインの特徴から「Lily pattern(ゆりパターン)」と呼ばれます。 キングスパターンやフィドルパターンといったメジャーなパターンではなく、マイナーパターンの一つなので、アンティーク シルバーウェアの参考書では紹介されることがあっても、実際に見かける頻度はそう多くありません、その意味でもレア物アンティークの一つ言ってよいでしょう。 

アール・ヌーボーの歴史を紐解くと、ゆりデザインは大きな役割を果たしてきました。 「Lily pattern(ゆりパターン)」は、エルキントンという有名どころのシルバースミス(銀工房)が、1850年に考案しデザイン登録したのが始まりです。 そしてChawner & Co.のパターンブックでは 「Lily pattern」と名前が付けられて、世に知られるようになった経緯があります。 ヴィクトリアン中期のNaturalism(自然主義)を代表するデザインで、アール・ヌーボーにダイレクトな影響を与えたデザインと言われます。

柄先にはウィングの紋章があり、どこかのマナーハウスで使われていたものと思います。

紋章の基礎知識について、少しお話しましょう。 一般に紋章はコート オブ アームズと言うのが正式です。 クレストという言葉もありますが、クレストとは紋章の天辺にある飾りを言います。 紋章の各部分の名称として、例えば英国王室の紋章の両サイドにいるライオンとユニコーンの部分をサポーターと言い、中央の盾状部分をシールドまたはエスカッシャンと言います。 さらに細かく言うと、写真のフォークに刻まれた紋章では下に棒状の飾りが見えますが、これはクレストの台座であって、リースと呼ばれます。

ただし、紋章のすべてを描いて使うのは、大掛かり過ぎるので、その一部をもって紋章とされることも多く、中紋章とか大紋章という言い方もあります。 しかし、その区別は厳密でないので、紋章の一部をもってコート オブ アームズという言い方をしても差し支えありません。

コート オブ アームズ(=紋章)を使っていた人々とは、どういう階層の人たちであったのか、考えてみました。

コート オブ アームズの体系化や研究は、イギリスにおいて九百年ほどの歴史を持っており、紋章学(Heraldry)は大学以上の高等教育で学ぶ歴史学の一分野となっています。 中世ヨーロッパにおいては、多くの国々に紋章を管理する国家機関がありました。 今ではなくなっているのが普通ですが、面白いことにイギリスでは紋章院がまだ活動を続けています。

今日のイギリスは品のよい国のように見られることが多いですが、その歴史を紐解きますと、節操のないことで名高い時代も長くありました。 キャプテン・ドレークは世界を航海して略奪をきわめて、当時の国家予算に匹敵するほどの金銀財宝を奪って帰ってきたので、エリザベス一世から叙勲を受けました。 お金がすべてという傾向は、紋章院においてもあったようです。

紋章学や紋章院の働きについて書かれた本が、『HERALDRY IN ENGLAND』(Anthony Wagner著、Penguin Books、1946年刊)です。

この本によりますと、紋章院が認めてきたコート オブ アームズは四万あるとのこと。
一方で英国の王侯貴族にあたる家柄は千足らずとなっています。

この数字のバランスから分かることは、第一にコート オブ アームズは王侯貴族だけのものではないこと。 第二に、そうは言っても、代々伝わるコートオブアームズがある家系は、英国の中でも数パーセントに過ぎず、その意味で日本における家紋とはだいぶ違っていること。

産業革命が進行して、新興富裕層が厚くなってきたのがヴィクトリア時代の初め頃になります。 当時の富裕層はコート オブ アームズを求めましたし、また求めれば手に入る性質のものであったようです。



フォークについて言いますと、普段使いで純銀製のフォークをお使いいただくと、歯先が曲がったりして、残念なことが起こりがちであります。 

銀という素材はやわらかく、スターリングシルバーは銅を混ぜて100%銀よりはずいぶんと硬い素材にはしてあるのですが、それでも、フォークの歯先やナイフの刃先として使うには、まだ強度が足りず、よほどの注意が必要になってきます。 そのあたりが、スプーンに比して、ナイフやフォークに全銀製が少ない理由となっています。

エルキントンのこのレベルの品では、テーブルスプーン一本あたりに2gから3gの純銀を使って、エレクトロプレートが施されています。 小さな純銀インゴット型ペンダントヘッド一つで、テーブルスプーン二本程度の割合ですので、エレクトロシルバープレートとは言っても、相当量の銀が使われているなあと、私は感じます。 そのことは手にとって眺め、触ってみると、実感として伝わってきます。 

加えて、実際のところ、歯先は硬いので、気にしながら使う必要はなく、普段使いには最適だろうと見ております。

なんといっても、英国シルバープレート品にあって、エルキントンはビックネームなので、贔屓目もあるかも知れませんが、裏面のメーカーズマークも格調高く、やはりシルバープレートの仕上がりもよいですし、メーカーのよさを感じます。

アンティークとしてかなり見所の多いよい品と、私は思っているのですが、お求めいただいたお客様から、実際に使ってみてのご感想をいただきました。 掲載許可をいただきましたので、ご参考ください。

以下がお客様からのご感想です。

『リリーパターンのフォークを見た時にはこれだと思ったのです。 対のテーブルウェア、それも歴史のあるもの、美しいもの、見た目にも触っても心地よいもので食事をするのは、これ以上無く贅沢な時間です。 100年の季を経てもなお艶やかなフォークとスプーンは、余計な物をそぎ落としたシンプルなデザインが、その存在全体を完全なものにしているように感じます。 

もちろん、見て楽しむだけでもいいのでしょうが、使うために作られたテーブルウェア、使ってこそその良さがわかります。 当時のイギリスでパスタを食べたかどうかはわかりませんが、このスプーンとフォークで食べるパスタは格別で、偏屈な夫が珍しく「おいしい」と何度も言いました。 このスプーンとフォークのお陰ではないかと思います。 

食べる時だけではありません。 洗うときも拭くときも、置いてあるときも、歴史を見てきた先輩がうちにいるような感覚、なんとも言えません。 表だけの模様ではなく裏にもさりげなく模様があって、コストカット優先の今日ではほぼ考えられない手間と材料を使って、良い物を作ろうという心はおそらく、たとえそれが生き物で無くても時を経ても宿るものなのなのかなぁと思っています。 

大切に使います。 本当に洒落た言葉の一つも書けませんが、畑様にはいつもいつも感謝しています。 ありがとうございます。』

お客様のご感想は以上でした。  S 様 ご感想いただきありがとうございます。 私はこの品をとても気に入っており、皆様にお薦めしたいアンティークと考えております。 こういった新たな視点からのインプレッションは参考になり、皆様のお役にも立とうかと思います。 ありがとうございました。 店主



エルキントン アール・ヌーボー リリーパターン ヴィクトリアン シルバープレート テーブルフォーク ペア with コート オブ アームズ(ウィング紋章)

No.20228 ジョージ三世 スターリングシルバー オールドイングリッシュ パターン ティースプーン
長さ 13.4cm、重さ 17g、ボール部分の長さ 4.6cm、最大横幅 2.7cm、ボールの深さ 0.6cm、柄の最大幅 1.25cm、1800年 ロンドン

今から二百二十年も前に作られたスターリングシルバーのティースプーンです。 二世紀を越えた古さは、たいへんな魅力になろうかと思います。 柄の裏面にはブリティッシュ ホールマークがどれもしっかり深く刻印されているのもポイントです。 

柄の裏面に刻印されたホールマークは順に、メーカーズマーク、ジョージ三世の横顔でデューティーマーク、1800年のデートレター、そしてスターリングシルバーを示すライオンパサントとなっています。

英国でアンティークという言葉を厳密な意味で使うと、百年以上の時を経た品物を指します。 気に入った古いものを使っていくうちに、その品が自分の手元で‘アンティーク’になっていくことは、コレクターの喜びとも言えますが、このティースプーンが作られたのは1800年ですから、余裕でアンティークのカテゴリーに入るどころか、さらには既に"ダブル"アンティークともなっており、そんな辺りもアンティーク シルバーファンとして、嬉しい銀であると感じます。

かなり古いスプーンをお求めいただいたお客様から、ジョージアンの時代に銀器を使っていた人たちはどんな人たちだったのかというご質問をいただきました。 遠い昔に銀器を使っていたのは豊かな人たちであったに違いありませんが、この問題はよく考えてみると、もっと奥の深い問題であることが分かります。

ジョージアンの時代に銀器を使っていた人たちは、百年ほど前のヴィクトリアン後期に銀器を持っていた人たちよりも、一段と社会階層が上のお金持ちだったと思われます。 ジョージアンの時代には、まだまだ銀は社会の上層階級の占有物であったからです。 ヴィクトリア期には英国の経済力も大いに伸長したので、ヴィクトリアン後期の英国では銀器が新興富裕層にまで普及し、その裾野が広がりました。 つまり銀器を使った昔のお金持ちといっても、ジョージアンの時代とヴィクトリアンの時代ではその意味合いや程度が大きく異なるのです。

「International Hallmarks on Silver」という本に、過去の銀世界生産量推計という面白い資料がありました。 その資料によれば、写真の銀スプーンが作られた頃の年間銀生産量は460トンほどで、ヴィクトリア時代最後の1900年は5400トンとあります。 時代と共に生産量が十倍以上に増しているわけですが、逆にみると、より昔の時代における銀の希少性について、お分かりいただけるのではないでしょうか。

ジョージアンとヴィクトリアンでは銀のスプーン一本を取ってみても、そのステータスシンボルとしての価値はかなり違っていたわけです。 もっと詳しく知るためには、英国社会史や経済史の理解が不可欠になりましょう。 これからも少しずつ調べて、個々のアンティークが持つ時代背景について、英吉利物屋サイトでお伝えしていければと思っています。

銀の価値を考えているうちに、もしこの銀スプーンを江戸時代にタイムスリップさせたら、いったいどのくらいの価値があったものだろうかと思考実験をしてみました。 当時の英仏独伊といった国々のスタンダードは金銀複本位制で、銀の地金はマネーと等価であり、各国通貨への換算額も容易に計算できます。 ところが、江戸時代の日本では違った貨幣制度が採用されておりましたので、ややこしいところがあります。 

例えば時代劇など見ておりますと、両替商というのが出てきて、しばしば御奉行様と結託しては悪事を働いたりしております。 両替商の仕事といっても、鎖国の江戸時代に、海外旅行用の外貨両替なんてことはありえません。 それでは、この両替商はいったい何を両替していたのでしょうか。 江戸時代の日本では、金貨である小判と、銀貨、そして寛永通宝といった銭、これら三種マネーの交換レートが市場にまかされており、変動相場制になっていました。 極論すれば、ドルとユーロとポンドというレート変動する三通貨が一国の中で流通していたようなもので、そこに両替商の存在意義があったのです。

そんなわけで、写真の銀スプーンは一種の銀地金でありますが、江戸時代のマネーに換算するには、小判か銀貨か銭か、難しさが伴うのです。

ここでは、なるべく簡単な試算ということで、天保一分銀への銀地金換算をしてみましょう。 イギリスでヴィクトリア時代が始まった1837年は、日本では天保8年にあたり、この年から天保一分銀の鋳造が始まっています。 天保一分銀は江戸時代の中でも、特にエポックメイキングな銀貨であって、それがまたヴィクトリアンと重なっていることから、この銀貨について少し詳しくなるのもよいでしょう。

天保一分銀の重さは8.62グラム、銀純度は99%ほぼ純銀でした。 写真のスプーンは重さが17グラムのスターリングシルバーですから、銀の重さは17g*92.5%=15.7gとなります。 そうしますと、銀地金換算で、この銀スプーンは天保一分銀 二枚弱の価値があることになります。 

これを小判で換算すると、一分銀四枚で小判一枚と等価でしたので、このスプーン二本半ほどで小判一枚の価値となり、当時の国際標準からすると相当な高額物品になってしまうのです。 その理由は徳川幕府の貨幣制度にありました。 幕府は長い年月をかけて銀高金安誘導に成功し、天保一分銀の鋳造をもって、素材に銀を含むことから銀貨ではあることは間違いないけれども、その実態は銀高金安を固定する計数貨幣を完成させたのでした。 

江戸時代の人々は小判と銀貨を使ってはおりましたが、その貨幣制度は「自由な貨幣鋳造」が認められていなかったという点で、金銀複本位制というよりも、むしろ現代の管理通貨制度に近い仕組みでありました。 なお、「自由な貨幣鋳造」とは、人々が造幣局に持ち込んだ金銀の地金を、造幣局が金属的に等価な金貨あるいは銀貨と交換してくれることを意味します。 

ジョージ三世 スターリングシルバー オールドイングリッシュ パターン ティースプーン

No. 20149 エドワーディアン スターリングシルバー 鉛筆ホルダー
収納時の長さ 9.2㎝、銀円環含む長さ、10.3cm、横幅1.1cm、厚み 6mm、1908年 バーミンガム アセイオフィス

今から百年以上前に作られたスターリングシルバーの鉛筆ホルダーで、手彫りのエングレービングが素晴らしい品です。 ブリティッシュ ホールマークがしっかり刻印されたアンティークであるところにも惹かれました。 

ウェーブパターンは、Continuation(続いていくこと)やEternity(永遠)を象徴するクリスチャンモチーフで、ヴィクトリアンやエドワーディアンの時代に好まれました。 ウェーブパターンの基本デザインは深めなタッチで彫られていますが、背景の色合いが濃いめに見えるシェード部分はとても繊細なエングレービングで、1ミリ間隔に何本もの細かさで彫刻線を引いた仕事です。 写真では解像力不足でよくご覧いただけないのが残念ですが、マグニファイイング グラスで見ていただくと百年ほど前の手仕事の繊細さに驚かれると思います。

写真一番目でホルダーの先に見える四つの刻印は順にバーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、1908年のデートレター、そしてメーカーズマークになります。 また、見えるように、鉛筆を差し込む側にもスターリングシルバーを示すライオンパサントと1908年のデートレターが刻印されています。 

英国で「アンティーク」という言葉を厳密な意味で使うと、「百年以上の時を経た品」を指すことになります。 そんな訳で、英語で言うと「It will become an antique in four years. (この品はあと四年でアンティークになります。)」という言い方をされることがあります。 アンティークコレクターにとっては、やはり百年という年月の経過は大きなメルクマールになりますので、上記のような会話がなされる機会も多いのです。 

写真の銀製品が作られたのは1908年ですから、正式なアンティークに昇格して、さらに10年の年月が経っています。気に入った古いものを使っていくうちに、その品が自分の手元で‘アンティーク’になっていくことは、コレクターの喜びとも言えますので、この銀の鉛筆ホルダーには、正式な英国アンティークを手にする、そんな楽しみ方もあるかと思うのです。

以前に同様な鉛筆ホルダーを扱ったときに、中に入れる替え鉛筆を作成してみました。 まず普通の六角鉛筆を5センチか6センチほどの長さに切ります。 カッターナイフで鉛筆の六つの各面に切り込みを入れていけば、切り離すことが出来ます。 次に上下の二面と平行に鉛筆を薄く削っていけば、ホルダーに付けられる替え鉛筆の出来上がりです。 六角鉛筆は6.5ミリほどの厚みがありますので、上下ともに1ミリ強ずつ削っていくと、ホルダーに差込可となります。 

替え鉛筆作成の作業時間は10分ほどでしたが、これでしばらくは銀製鉛筆ホルダーが楽しめるわけで、ちょっとした器用さがあれば、たいした作業ではありません。 

歴史を振り返ってみますと、この品が作られたのは第一次世界大戦の頃になります。 その頃の出来事として、今から百年前の1912年にはタイタニック号氷山に衝突して沈没とか、あるいは日本では明治時代が終って大正時代になり、夏目漱石の『こころ』が世に出た頃のことであって、ずいぶん昔のことなのです。 アンティークを手にしていると、百年に近い時の経過があらためて身近に感じられるのは楽しいことです。

エドワーディアン スターリングシルバー 鉛筆ホルダー








No. 20160 ヴィクトリアン or エドワーディアン 透かし細工 マザー オブ パール ブローチ
ブローチ長径 4.3cm、短径 3.1cm、マザー オブ パールの最大厚み 6.5mm、SOLD

この品はかなり古いようです。 留め具や細工の様子から、ヴィクトリアン終り頃からエドワーディアンの作と思います。

ヴィクトリアン or エドワーディアン 透かし細工 マザー オブ パール ブローチ<BR>ヴィクトリアン or エドワーディアン 透かし細工 マザー オブ パール ブローチ<BR>


No.20183 ヴィクトリアン シルバープレート ディナーテーブル 飾り串
長さ 15.3cm、重さ 36g、飾り部分の最大横幅 4.5cm、飾り部分の最大厚み 6mm、ヴィクトリアン後期の英国製

珍しいシルバープレート ウェアをご紹介します。

ディナーテーブルに彩りを添える飾り串で、ヴィクトリアン後期の英国製です。

しっかりした作りで、とてもゴージャスな印象のヴィクトリアン アンティークです。

シルバープレートについては、アンティーク情報欄 「10.エルキントン社のシルバープレート技術と明治新政府の岩倉使節団」の解説記事もご参考ください。

ヴィクトリアン シルバープレート ディナーテーブル 飾り串(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)





No. 20013 ライオン ランパント (立ち姿ライオン) ピアストワーク スターリングシルバー フォブ ペンダントヘッド with ライオン パサント 銀円環
縦の長さ(留め具含む) 4.3cm、最大横幅 2.4cm、本体の厚み 1mm強、重さ 5g、1920年代の英国製

イギリス人のライオン好きが背景にあるという意味で、とても英国風なシルバーアクセサリーと思って見ております。 英国王室の紋章にライオン、イングランドのサッカーチームのエンブレムにもライオン、そしてアンティークなシリング銀貨にもライオン等々、イギリスとライオンは切っても切れない関係にあります。

透かしの銀フォブにライオン・ランパント(立ち姿のライオン)のデザインです。 写真で見て色合いが濃いめに見えるシェード部分は、とても繊細なエングレービングで、1ミリ間隔に何本もの彫刻線を引いて影をつけていった仕事です。 ルーペで詳細に見ていかれると、ハンドエングレービングとしては限界的な職人技が施されているのが分かり、より楽しめるアンティークであることがお分かりいただけるでしょう。 

ライオンを取り巻く楕円状のフレーム部分には、「T.H.S. SPORTS 1929」と浅めな彫刻文字が見えます。 また、写真二番目に見えるように、裏面にはメーカーズマークと、スターリングシルバーを示す「STERLING」の刻印があります。 

英国シルバーにおいて 92.5%の銀純度を示すスターリングシルバー マークは、普通はライオンが歩いている刻印で「ライオン・パサント(Lion Passant)」と呼ばれます。 ロンドン、シェフィールド、バーミンガム等のシルバーウェアをお持ちの方なら、おなじみのマークと思います。 ところがスコットランドはグラスゴーとなりますと、ライオンは歩いた姿ではなくて、立っていて、これが「ライオン・ランパント(Lion Rampant)」と呼ばれるのです。 

上部の銀円環には「横歩きライオン」の刻印が、しっかり深く刻まれているのもグッドポイントです。

この銀円環に刻印されたライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)は、英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになり、重要な刻印です。 ライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 

横歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から460年ほど前の1544年のことになります。 これは当時チューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。 

銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

歴史や伝統に格別なこだわりを持つイギリス人は、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)にも特別な愛着があって、五百年の長きにわたって、この刻印を使い続けて今日に到っております。

イギリスの数多いパブの中にあって、もっとも多い名前が「Red Lion」で、英国人のライオン好きを示しています。 この国には約六万軒パブがありますが、そのうちで一番多いパブの名前は「Red Lion」で、六百軒のレッドライオンがあると言われます。 英国中のパブのうちほぼ百軒に一軒はレッドライオンという計算です。 

ライオン ランパント (立ち姿ライオン) ピアストワーク スターリングシルバー フォブ ペンダントヘッド with ライオン パサント 銀円環


No.20129 エドワーディアン イノベーション シルバープレート ブレッドフォーク
長さ 18.0cm、重さ 42g、最大横幅 4.8cm、1910年頃の英国製

ヴィクトリアンからエドワーディアンの頃のイギリスは大発明時代でありましたが、その頃の時代の気分がよく伝わってくるアンティークです。

エドワーディアンの発明品で、注射器のようにして、刺したパンが押し出せる仕組みです。

写真一番目はパンをさす前の状態です。写真二番目は注射器のように柄先部分を押し込むと、スライダーが前に動いて、パンを押し出す状況が見えています。

可動部のある百年以上前のアンティークが、完品状態で今に至っているもの、レアものアンティークと言ってよいでしょう。

英国パテントオフィスのレジスター番号から1910年代の作と分かるのも、このアンティークの優れた特長になっています。

ヴィクトリア女王は若干18歳で英国王になりました、それから1901年までの64年間がヴィクトリア時代です。 彼女が国王になった時、彼女自身も、また多くの英国民も、その後のこの国の大発展を予期していなかったろうと言われています。 しかし実際にはヴィクトリア女王の治世に、英国は大いに伸長し、世界史上これまでなかった規模の大帝国となりました。

テクノロジーの面でもヴィクトリアンからエドワーディアンの頃は大発明時代で、今見ても驚くような立派な発明から、笑ってしまうような発明までいろいろあって、この時代のダイナミックさには大きな魅力があるのです。 「Victoriana」というアンティーク分野があるのも、さもありなんです。 

イギリス社会がまだ若く、世の中に活気があったためでしょう、ヴィクトリアンからエドワーディアンの頃の英国は、発明や工夫が大いに振興した時代でありました。 写真のように一工夫効いた物品がもてはやされた当時の時代状況が見えてきて、興味深いアンティークと思います。

エドワーディアン イノベーション シルバープレート ブレッドフォーク


No. 20226 ヴィクトリアン シルバープレート ピアストワーク サービング スプーン with ヴィクトリアン パテントオフィスマーク
長さ 14.7cm、重さ 23g、最大横幅 3.7cm、透かし柄の最大幅 1.6cm、透かし部分の最大厚み 2mm強、ヴィクトリアン中期の英国製

ショベル型デザインのヴィクトリアン サービング スプーンになります。 透かし細工の辺りはかなりの厚みとなっており、全般にしっかり出来ており、英国風を感じます。 柄先を持ってショベル先を指で弾くと、ピーンと風鈴のような音がして、耳でも楽しめる味わい深いヴィクトリアン アンティークとなっています。

ジャムなどを扱うプリザーブスプーンとしても使えますし、ティーキャディー スプーンとしてもよさそうです。 オードブルなどのサーバーとして、パーティー使いをすれば、存在感と話題性のあるアンティークとなりましょう。

写真二番目をご覧ください。 柄元に見える菱形のマークは、イギリスのパテントオフィスにデザイン登録したことを示すマークです。 ヴィクトリア時代の1842年から1883年まで、この「菱形登録マーク」制度がありました。 菱形の四つ角に番号やアルファベット入れて登録情報を盛り込みます。 このアンティークの菱形マークからヴィクトリアン中期の作と分かるのは、写真のアンティークの優れた特徴になっています。。

このアンティークの作者は、わざわざデザインをパテント登録して特許を取っていることから考えても、自信を持って世に送り出した、ヴィクトリアン デザインの一つだったろうと理解できます。

写真のアンティークの場合には、デザインを見てもイギリスのアンティークと推定できますが、さらに「菱形登録マーク」が決定的な証拠となって、ヴィクトリアン アンティークと分かることは、整理や分類好きなイギリス人気質に由来しており、その点でも Very Britishなアンティークと考えられます。

アンティークシルバーを扱っておりますと、英国のホールマーク制度は、その歴史の長さ、制度の継続性、シルバースミスへの徹底の度合い等すべての面で欧州諸国の中でもピカイチと感じます。 博物学を発展させてきたイギリス人は、物事を整理分類するのが大好きで、500年以上にわたりホールマーク制度を維持し発展させてきました。

この品の場合はシルバープレートとなりますが、こんどはイギリスのパテントオフィスの制度が、アンティーク年代特定のメルクマールとして大きな役割を果たしていることが分かるのです。 

手掛かりが多いという点で、イギリス アンティークのコレクターは恵まれた環境にありますが、これらはやはりイギリス人の国民性によるところが大きいように思います。 旅してみると感じるのですが、欧州人にも気質の違いがあって、偏見かも知れませんが、同じことをイタリア人やスペイン人に要求しても、無理な感じがしないでもありません。

シルバープレートの品ながら見所や手掛かりが多く、このアンティークの背景を考えていくと、英国人の国民性まで見えてくる、興味深いヴィクトリアーナと思います。

ヴィクトリアン シルバープレート ピアストワーク サービング スプーン with ヴィクトリアン パテントオフィスマーク


No. 20227 ヴィクトリアン ピンチバック スウィーバル フォブ ペンダントヘッド with アーガイト(瑪瑙)
縦の長さ(留め具含む) 3.7cm、最大横幅 2.8cm、厚み 6mm強、瑪瑙の直径 1.9cm、ヴィクトリアン終り頃の英国製

円形のピンチバックフレームにアーガイト(瑪瑙)が入っていて、指で弾くとクルクルまわるスウィーバル フォブです。 表側に入った瑪瑙は深紅色で、裏面の瑪瑙は深緑色に紅が混じっています。 

少し大きめサイズのクルクルフォブで、両端を差し渡すブリッジ部分もしっかり出来ています。 表と裏で色合いが違っていて二通りに使えますし、胸元でフォブが揺らゆらするのも嬉しくて、何はなくとも回してみたりと、こういう仕掛けものアクセサリーは楽しめます。 

古いアンティークではありますが、スウィーバル機能はバランス良く出来ていて、クルクルと軽快にまわるのは好ましく思えます。

ブリッジ状のフレームは、チェーンの鎖玉を固定したような構造で、しっかり頑丈に出来ています。 身につけた状態で正面から見るとロープ状に見えますが、こうしたデザインはマリンモチーフが流行った頃の影響が出ているものと考えられます。 

ヴィクトリア時代の終わり頃からエドワーディアンの頃にかけて、ブライトンなどの海浜リゾートが賑わって、ロープや船の舵、波、シーガル、ヨットといったマリンモチーフが人気となったことが背景にはあるのです。

フレームとブリッジの素材はピンチバックと呼ばれるアンティークな素材です。 この素材は銅と亜鉛の合金で、ゴールドの色あいをもたらすジュエリー素材として、ヴィクトリアンの英国で好まれてしばしば使われました。 元々は1720年ごろにロンドンの時計メーカーであったクリストファー ピンチバックという人が発明したことから、ピンチバックの名で呼ばれるようになったのでした。

デートレター等のホールマークが無いので年代特定が難しいのですが、ピンチバックを使っていることや、全体の構造からみて、ヴィクトリアン終り頃の品と思われます。

ヴィクトリアン ピンチバック スウィーバル フォブ ペンダントヘッド with アーガイト(瑪瑙)


No. 20225 ブリティッシュ ホールマーク スターリングシルバー インゴット ペンダントヘッド
インゴットの縦(留め具含まず) 4.3cm、横 1.8cm、厚さ 3.5mm、重さ 31g、上から三つ目のライオンパサントの横幅 7mm弱、1977年 バーミンガム

このペンダントヘッドのフォルムは、銀の厚板というふうな直方体となっています。 重さが31グラムというのは、1オンスが意識されているものと思います。

通常の銀製品よりも大きなホールマークがしっかりと刻印され、イングリッシュ スターリングシルバー ホールマークの見本のようなインゴット型ペンダントヘッドです。

ホールマークは上から順に、メーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングスタンダードを示すライオンパサント、1977年のデートレター、そしてエリザベス二世の横顔は女王戴冠25周年を記念するシルバージュビリーマークです。

ブリティッシュ ホールマーク スターリングシルバー インゴット ペンダントヘッド


No.20155 フラワーデザイン マザー オブ パール ペンダントヘッド with ピアストワーク
SOLD
マザー オブ パールの直径 3.7cm、最大厚み 3mm、SOLD

手仕事で丹念に作られた繊細な透かし彫りのペンダントヘッドで、デザインのよさに加えて、マザー オブ パールの輝きに惹かれて求めました。 

小花デザインの中央あたりがもっとも厚くなっていて、ゆるやかなドーム状をしています。 透かし細工は糸鋸を引いた跡が残り、手仕事であることがルーペで見てみると分かります。 ご希望あれば、ペンダントヘッドに合うシルバーチェーンをお探しすることも可能と思います。

マザー オブ パールという素材はミルクホワイトの輝きが内側からこぼれてくる感じで、光に当たると見えてくるうっすらとした虹色の輝きが綺麗です。 

マザー オブ パールの品をお買い上げいただいたお客様から、次のようなお便りをいただきましたので、ご紹介させていただきます。
『白蝶貝のうっすらとした輝きがとても綺麗です。 まるで、嵐が来る前の空のようだと思いました。 上空を凄い速さで白い雲が流れていく中、時折、空全体がぱあっと明るくなる様子を髣髴とさせます。』

イギリスは一日の中でもお天気の移り変わりが激しくて、さっきまで晴れていたかと思うと、一転してにわかに雲が天を覆うことも多く、お客様からの文章にあったような光景をしばしば目にいたします。 なるほどと、マザーオブパールをとてもよく形容しているように思いました。

フラワーデザイン マザー オブ パール ペンダントヘッド with ピアストワーク


No. 20224 エドワーディアン スターリングシルバー トレフィッドパターン ジャムスプーン
長さ 13.3cm、重さ 22g、ボール部分の最大幅 4.2cm、ボールの深さ 5.5mm、1908年 シェフィールド、Charles William Fletcher作

今から百年以上前のエドワーディアン アンティークで、トレフィッドパターン スターリングシルバー ジャムスプーンになります。 ボール部分の縁辺部はフラワーデザインの作りになっており、優雅な雰囲気の銀製品と感じます。 柄元近くの両サイドが丸く抜けたデザインになっているのも、いい感じです。 柄先のデザインはトレフィッドパターンと呼ばれ、「Two Notches(二つの切れ込み)」によって三つの部分に分かたれていることをメルクマールとしています

元々はジャムスプーンとして作られた品になりますが、円形に近いボール部分は幅広で大きめに出来ていますので、オードブルサーバーなどにも使えそうで、多目的なアンティーク シルバー スプーンとなりましょう。

彫刻のないプレーンタイプになりますが、品のよいフォルムは十分に美しく、磨きぬかれたソリッドシルバーの輝きを楽しむのも、またよいのではと思わせてくれるアンティーク ジャムスプーンと思います。

お客様から、なるほどと思わせていただいたお話がありますので、ご紹介させていただきましょう。 
『先日北海道では珍しい大型台風が通過し、短時間ですが停電となってしまいました。夜、仕方がないので古い灯油ランプを持ち出し屋内の照明としたのですが、以前手配いただいたティースプーンをランプの光にかざしてみたところ、ほの暗い明るさの中、スプーンのボウル内や彫刻の輝きにしばし見とれました。銀のアンティークには点光源の古い照明が合うようです。また昔の貴族が銀器を重用したのもうなずける気がします。』

私はアンティーク ランプ ファンで、早速に試してみたのですが、シルバーにアンティークランプの灯がほんのりと映って揺れているのを見ていると、なんだか心が落ち着くものでした。

写真二番目で見えるように、柄の裏面にはシェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、1908年のデートレター、そして「Charles William Fletcher」のメーカーズマークが刻印されています。

C.W.Fletcherはヴィクトリア時代から続くシルバースミスで、エドワーディアンの頃にはBrewis & Coという銀工房を買収してその傘下におさめるなど勢いのあるメーカーでした。 このシルバースミスの歴史を見て特に興味深いのは、二十一世紀の今日でも存続し続けているメーカーであることでしょう。 

英国の銀工房の多くは第一次大戦の頃を境にして、イギリスの国力が衰えるのとともに消えていったメーカーが多いのですが、C.W.Fletcherが残ったことには理由があります。 第一次大戦後にイギリスに代わって勢力の伸びてきたアメリカに軸足を移すことに上手く成功したのでした。 ニューヨークにあったJames Robinson Inc.という会社を通じて、生産の九割までもをアメリカ向けに輸出する銀工房に変貌していったのです。

アメリカ人にとっても、歴史的な母国であるイギリスで作られた銀器というのは魅力であったようで、C.W.FletcherとJames Robinson Incの提携は成功しました。 先代のFletcher氏が亡くなった後の2002年にはJames Robinson IncがC.W.Fletcherを買収して、引き続き銀器の製作と販売にあたっています。

ニューヨークのパークアベニューに店舗があるJames Robinson Incのサイトもご参考まで。
http://www.jrobinson.com/

エドワーディアン スターリングシルバー トレフィッドパターン ジャムスプーン


No. 20032 アール・デコ 英国王ジョージ六世 戴冠記念 ピアストワーク シルバープレート 平型サーバー
長さ 25.9cm、重さ 67g、透かしブレードの最大幅 5.4cm、柄の最大幅 1.9cm、1937年 英国製

今から80年ほど前に作られたシルバープレート サーバーです。 透かし細工の美しさに加えて、柄に見られるアール・デコの直線的なデザインと、コロネーションの英国王室紋章に特筆すべき特徴があるアンティークです。

コンディション良好で綺麗な品ですが、作られたのは1937年であることが確認できます。 見たところの美しさに加えて、八十年前の作という古さも、このサーバーの大きな魅力になっていると思います。

柄先の裏面には英国王室の紋章と、「CORONATION 1937」の表示があります。 CORONATIONとは国王の戴冠式で、1937年にはジョージ六世の戴冠式典がありました。
当時の動画がありましたのでご覧になってください。
https://www.youtube.com/watch?v=foMe8YP4uFQ

国を挙げての祝賀ムードから記念のシルバープレート品が作られたことが、このアンティークの背景になっております。

紋章の細部を見てみましょう。 上部には王冠、左側には立ち姿のライオン、右側にはユニコーン(一角獣)がひかえています。 イギリスのアンティークに興味のある方なら、今後も見かけることがあるデザインと思いますので、この機会にその特徴を覚えておかれてもよいでしょう。 英国王室の紋章でありますが、広義にはイギリスを象徴するデザインともいえます。 例えば麹町の英国大使館に行かれたら、門柱辺りにもこのマークが付いているのが見られるでしょう。

ライオンは『ライオンハート(獅子心王)』の愛称で知られる12世紀の英国王リチャード一世時代からのエンブレムです。 リチャード一世は十年間の治世中に国内にいたのがたったの六ヶ月という王様で、海外での戦いに明け暮れた英国王でした。 戦いで名を馳せ、ライオンハートの称号を得て、その勇気と生きざまは騎士の模範とされています。

イギリス人のライオン好きは古くからの伝統なのだなあと分かります。 さらに、イギリス人のパブ好きは有名ですが、英国に数万件あるパブのうち、もっとも多い名前のパブが「Red Lion」であることも偶然ではないでしょう。 

現女王エリザベス二世の父君にあたるのが英国王ジョージ六世です。 「王位を賭けた恋」で有名なエドワード八世が劇的な退位を遂げた後に、急遽、英国王になったのがジョージ六世でした。 ご本人も自分が国王向きなパーソナリティーであるとは思っていなかったようで、それまでに国王になる準備がまったく出来ていなかったこともあって、初めのうちは周囲からも大丈夫だろうかと心配されました。 

ところがその後の対ドイツ戦争中に、側近たちがバッキンガム宮殿からの疎開を進言したのに、それを拒んで、爆撃を受けるロンドンから執務を続けたことで、国民の人気が上がりました。 戦争中のロンドンはしばしばドイツの爆撃機が来たり、さらにはV1やV2と呼ばれるミサイルまでもが飛んでくる危険な状況でありました。 そんな中でロンドンにあって英国民を鼓舞し続けたジョージ六世の評価が上がったのは当然と言えば当然でしたが、さらには王妃や子供たちを大切にする理想的な家庭の夫であったことも、「良き王」として英国民の尊敬を集める理由となったのでした。


アール・デコ 英国王ジョージ六世 戴冠記念 ピアストワーク シルバープレート 平型サーバー(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)アール・デコ 英国王ジョージ六世 戴冠記念 ピアストワーク シルバープレート 平型サーバー(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No.20075 小振り ブリティッシュ シルバー ホールマーク装飾 スターリングシルバー インゴット ペンダントヘッド
インゴット本体の縦(留め具含まず)1.8 cm、横の長さ 0.9 cm、厚み 2.5 mm、重さ 4 g、ライオンパサントの横幅 3 mm、1977年 ロンドン アセイオフィス

かなり小振りなスターリングシルバーのインゴット型ペンダントヘッドです。銀好きな為でしょうか、私はこういうシルバーアクセサリーを見ていると楽しい気分になります。 

ホールマークは順にメーカーズマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、ロンドン レオパードヘッド、そして1977年のデートレターになります。

ブリティッシュ ホールマークは銀の純度を保証し、製作年等を記録するという実用目的で、中世の時代に始まった制度ですが、ライオンマークやロンドン レオパードマークなど装飾性が高いこともあって、いつの頃からか、ホールマークのデザインそのものを楽しむ趣向のアクセサリーも作られるようになりました。 

左から二つ目にあるライオンの刻印は、英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになりますが、このライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 

この歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から五百年ほど前の1544年のことになります。これは当時チューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 

歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

それから、インゴットとは一般に金塊や銀塊を指します。余談ながら、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行へ見学に行くと、正真正銘の金の延べ棒を持たせてもらえます。 透明な硬質プラスチックケースの両サイドに手を入れる穴があって、中に鎮座している金の延べ棒様を触ったり、持ち上げたりしていいようになっているのです。 

ところがこれが半端なく重いので、びっくりします。女性では持ち上げるのは難しいでしょう。男性でも両足を踏ん張って、しっかり腰をすえて、両手でやっと持ち上がるぐらいな感じです。

ゴールドは世の中にある物質の中でも最大比重の金属です。それは頭では分かっているのですが、実際にどういうことかというと、金塊が目の前にあったとき、見た感じの重さと比べて、実際にはその何倍もの重さがあるということなのです。 

映画 『ダイ・ハード3』は、テロリスト達が連邦準備銀行の地下金庫から金の延べ棒を強奪する話で、彼らがやすやすと金塊を手にして運んでいる様子が描かれていました。如何に鍛え上げられた屈強なテロリストと云えども、そう簡単には金の延べ棒を持ち運べないとはずと言うのが、私の印象でした。

小振り ブリティッシュ シルバー ホールマーク装飾 スターリングシルバー インゴット ペンダントヘッド(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)小振り ブリティッシュ シルバー ホールマーク装飾 スターリングシルバー インゴット ペンダントヘッド(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 20223 木製シャフト &フォージド アイアン パター
長さ 90cm、パターヘッドの横長 10.8cm、ヘッドの最大厚み 1.5cm、グリップの最大直径 2cm弱、在庫あり

パターヘッドの裏面には、「WARRANTED AND FORGED」の刻印や、メーカーズマークの刻印があります。

軟鉄鍛造のマッスルバック アイアンになりますが、「PUTTER」の刻印表示がありますので、クラブの用途としては、通常のアイアンではなくて、グリーン上で使うパターであることが分かります。

現代のパターと比べますと、ロフトがずいぶんと寝ていて興味を惹かれます。 今日では芝を限界まで刈り込んだ鏡面のようなグリーンが一般的ですが、ヴィクトリアンやエドワーディアンのゴルフ場では、今よりずっとグリーンの芝が長かったことに関係しておりましょう。

現代のパッティングでは、出来るだけ早くボールを順回転で転がすことが求められます。 芝の長い昔のグリーンでは、おそらくパチンと弾いて、今で言うところのチップショットのようなパッティング技術が必要だったと考えられます。

上記のようなクラブの特性を考慮しますと、今日的な使い方としては、グリーン周りからのアプローチにも使えるということです。 バックに入れる14本のクラブは、自由に選べるのがゴルフです。 時にはゴルフの歴史に思いを馳せて、このアンティーク クラブをチョイスするのも楽しいものです。 

ゴルフの中でもパッティングは好調不調の波が出やすいものです。 調子が出ないときには、この百年ほど前のパターを使ってみるのもいいです。 現代のパターとはウェイトバランスも打感も全然が違いますから、よい気分転換になります。 そして、やっぱりメインパターが使いやすいと、迷いが吹っ切れるきっかけもつかみやすくなるでしょう。

名探偵ポワロのテレビシリーズで、ゴルフ好きのヘイスティングが手にしているようなアンティーク パターになります。 『Murder in the Mews』や、『Murder on the Links』で、写真にあるようなアンティークなゴルフクラブが使われるシーンがありますので、ご覧になってください。
木製シャフト &フォージド アイアン パター





No. 20205 テンプル ロンドン ベークライト オペラグラス
横の長さ 11.0cm、対物レンズ口径 3.0cm、接眼レンズ口径 1.8cm、重さ 168g、1930年代 英国製、ロンドン テムズ川沿いのテンプルで使われていた品

ベークライト構造で、持った感じがしっかりしており好印象です。 写真二番目で 『TEMPLE CHAMBERS E.C.4』とあるのはロンドンのアドレスです。 作られたのは1930年代、テムズ川沿いのテンプルにあった劇場備え付けオペラグラスだったということです。 

FIXED FOCUSとありますように、ピント調整機能はありませんが、実際に使ってみると、特に不便は感じないどころか、接眼レンズ口径 1.8cmと大きいので、見やすくて扱いやすいオペラグラスです。

ロンドンのテンプルというと、今でも荘重なる建物が多く、ゴージャスな雰囲気の界隈です。 ロンドン地下鉄のサークルラインにテンプル駅がありますので、近くを通ったり、名前を聞いた覚えのある方も多いでしょう。 テンプルという地名は、12世紀以来この地にあるテンプル教会に由来します。 中世にはテンプル騎士団のイングランド本部でありました。 推理小説 『ダ・ヴィンチ・コード』でも登場しております。

素材のベークライトとは化学者Leo Baekelandが20世紀初めに発明し、1907年にパテントを取った史上初の人工硬質プラスチックです。 この素材の熱に強く非常に固い性質は、彫刻を加えるなど複雑な加工に耐えるという意味で、コスチュームジュエリーの材料として注目され、1920年代から40年代にかけてベークライトのコスチュームジュエリーが全盛となりました。

ベークライトは高温高圧の製造過程でしばしば爆発を起こし危険であったことや、第二次大戦後にはいろいろな高機能プラスチックが登場したことで、60年代半ばには生産中止となりました。 しかし逆に製造期間が限定されていたことから、アンティークとしての価値が増し、今日ではコレクター アイテムとなっており、特にアメリカには大勢の収集家がいます。

ベークライト フレームのお手入れには、日本磨料工業製の『ピカール』をお奨めします。 主にはブラス磨きの製品で、海上自衛隊の御用達でもあるそうです。 ピカールはブラス(真鍮)以外にもあらゆる金属に使えるのみならず、プラスチックや象牙等のお手入れにも使用可能とありますので、一本あるとなにかと便利でしょう。
テンプル ロンドン ベークライト オペラグラス(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)





No. 20180 ガーネットの小花 15カラット ゴールド ヴィクトリアン ピン
長さ 5.1cm、飾り部分の最大直径 1.05cm、オリジナルケース入り、ヴィクトリアン後期の英国製、SOLD

15カラット ゴールドで出来たヴィクトリアンのピンです。 写真三番目で見て、小花の裏面下方に15カラットゴールドを示す 15CTの刻印があります。

小花の中央にはブリリアントカットされたガーネットが入っています。

木製のオリジナルケースに入れてお送りします。
ガーネットの小花 15カラット ゴールド ヴィクトリアン ピン(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 20041 透かしハート シルバーフレーム ジョージ五世 3ペンス銀貨 ペンダントヘッド
ハート横幅 2.5cm、ペンダントヘッド最大厚み 3.5mm、重さ 5g、銀貨は1922年鋳造、チェーンは付属しません

ウェーブパターンの透かしハートが美しく、銀のやわらかな輝きに惹かれる 『数字の3に王冠 &英国王ジョージ5世 3ペンス銀貨 ペンダントヘッド 』です。 透かしフレームにホールマークはありませんが、フレーム素材も銀で間違いないでしょう。

中央に見えるのは1922年の3ペンス銀貨です。 コインの表には英国王ジョージ5世の横顔、裏面は数字の3に王冠デザインです。 

波模様のウェーブパターンは、Continuation(続いていくこと)や Eternity(永遠)を象徴するクリスチャンモチーフで、ヴィクトリアンやエドワーディアンの時代に好まれ、現在に至っています。

また、ハートは現代でも馴染み深いデザインですが、その歴史をたどりますと、英国におけるハートのモチーフはジョージアンの頃登場し、ヴィクトリア期に大流行した経緯があります。

イギリスでは銀貨のペンダントヘッドを時に見かけます。3ペンスは直径1.6センチと小さいですが、やはり銀貨であるところは嬉しいものです。遠い昔の銀貨というのは、なんというか、トレジャーハントに通じるロマンを感じます。

ジョージ五世は1910年から1936年までの英国王で、その王妃がドールハウスでも有名なQueen Maryです。 メアリー王妃はアンティークや刺繍が趣味の奥方でした。 

「3」という数、日本でもそうだと思いますが、英語ではラッキーナンバーに通じるものがあって、縁起物ではよく出会う数字です。 ホースシューでご紹介したことがある「Three Horseshoes」もそうですし、チェスター アセイオフィスの「Three Wheat Sheaves(3つの麦束)」も同様でしょう。 

キリストが生まれた時に訪ねてきたという「東方の三賢人」の例もあります。 マクベスの「Three Witches」はどうでしょうか、これはなにかと「3」だと、おちつきがよいということかも知れません。 日本でも「三度目の正直」、「仏の顔も三度」、「二度あることは三度ある」など馴染み深いもので、「3」にこだわる意味合いには納得感がありそうに思うのです。

百年以上昔の世界では、金貨や銀貨が貨幣の中核を担っておりました。当時の通貨制度とはどんなものだったのか、もう少し考えてみましょう。

ヴィクトリア時代にはクラウン銀貨、ハーフクラウン銀貨、シリング銀貨、六ペンス銀貨、三ペンス銀貨が流通していました。 ここで1クラウンは5シリング(=0.25ポンド)にあたります。上位三つの銀貨について、それぞれの重さはクラウン銀貨28.28グラム、半クラウン銀貨14.14グラム、シリング銀貨5.66グラムです。 すなわちクラウン:半クラウン:シリング=5:2.5:1の関係がありました。六ペンスと三ペンスも同様な重さと価値の関係があります。つまりは、ヴィクトリア時代のマネーは銀の重さによって、その価値が直接保証されていたのです。

さらに、高額貨幣であった金貨を通じて外国との関係を見てみましょう。 ヴィクトリア時代のイギリスでは、1ポンドの英国金貨は7.32グラムのゴールドとして定義されました。 そして米国の1ドルは1.50グラムのゴールドと1837年に決められました。 そうすると、金本位制を採用する英米二国間においては、1ポンドが4.88ドルとなって為替レートは固定されます。

この金本位制の仲間に、マルクやフランや円も加わることによって、国際金本位通貨体制が出来ていました。 ノーベル経済学賞のマンデル教授は、その本質を分かりやすく表現しています。「国際的な金本位制のもとでは、ポンド、フラン、マルク、円、ドル等々は、特定の重さのゴールドの名前にすぎない。」 全くこれは分かりやすいし、言い得て妙だと思います。

現代では主要な通貨間では変動為替相場が一般ですが、ヴィクトリア時代の国際社会においては、ゴールドをアンカーにした固定為替相場がスタンダードであったのです。 

そして、イギリスにおいては、その1ポンド金貨を起点にして、0.25ポンドにあたるクラウン銀貨から三ペンス銀貨までの価値は銀の重さで担保されていました。

透かしハート シルバーフレーム ジョージ五世 3ペンス銀貨 ペンダントヘッド(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)透かしハート シルバーフレーム ジョージ五世 3ペンス銀貨 ペンダントヘッド(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 20121 スターリングシルバー GOOD LUCK ホースシュー ペンダントヘッド
写真で見てホースシューの横の長さ 2.4cm、縦 2.3cm、最大厚み 3mm、1935年 バーミンガム

このスターリングシルバー ホースシュー(馬の蹄鉄)のペンダントヘッドが作られたのは今から八十年ほど前の1935年です。 銀地金の雰囲気がよく出たリアルな蹄鉄のデザインになっています。 ライオンパサントの横の長さは3ミリほどあって、大きめなホールマークが刻印されているのは、ホールマーク自体を見て楽しむという作り手の意図を反映しているのでしょう。

U字型の開口部が下向きになる格好で、これはヴィクトリアンからエドワーディアンの時代に好まれたホースシューの向きになります。その後、第一次世界大戦を経て、ホースシューはU字型の置き方が好まれるように人々の好みは変化していきました。

アール・ヌーボーからアール・デコに嗜好が変わっていったように、大戦争のビックインパクトが社会に与えた影響の大きさを反映しているのではないかと思っています。

写真のホースシュー ペンダントヘッドの場合は、昔好みな方の嗜好を反映した留め具の付け方になっているというわけです。

もう一つ取付穴があって、横置きも可能になっています。ヴィクトリアン タイプが落ち着くメンタリティーの旧世代の人から、新世代の方にオーナーが変わって、横置き用に仕様変更されたのではないかと思い、興味深く見ております。

裏面にはホールマーク以外にも、デザイン登録したレジスター番号と、「ENGLAND」の刻印が見えています。 ホールマークは順にHG&Sのメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1935年のデートレター「L」になります。 もう一つ、シルバージュビリーのマークも刻印されているのも面白いところです。

ヴィクトリアンやエドワーディアンの作ではありませんが、それでも1935年作といえば、かなり古い品であることがお分かりいただけると思います。 アガサ・クリスティーの『オリエント急行殺人事件』が1934年に出ており、この頃の様子を知る手掛かりによさそうと思います。 

写真二番目で見て、左側上から三つ目にあるライオンの刻印が、英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになり、重要な刻印です。 このライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 

横歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から500年ほど前の1544年のことになります。 これは当時テューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。 

銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

歴史や伝統に格別なこだわりを持つイギリス人は、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)にも特別な愛着があって、五百年の長きにわたって、この刻印を使い続けて今日に到っております。

ホースシューはイギリスではグッドラックの意味があって人々に好まれます。 縁起のよさが好まれ、パブの看板に蹄鉄三つが描かれて、写真三番目のような「Three Horseshoes」なんていう名前のパブもありますので、「ホースシュー=幸運」の図式はイギリス人の暮らしに深く根ざしていることが分かります。

ついでながら、シャーロック・ホームズの『白銀号事件』を読んでいましたら、ホームズの「I think that I shall put this horseshoe into my pocket for luck.(このホースシューは幸運があるように、私が貰っておきましょう。)」という台詞に出会いました。 この探偵小説は1892年12月に発表されていますので、少なくともヴィクトリアンの頃には、「ホースシュー=グッドラック(幸運)」の連想があったことが分かります。 シャーロック・ホームズ シリーズには、アンティークなヴィクトリアンの暮らし向きが読み取れる場面が豊富なので、注意して読むと面白いようです。

それから、蹄鉄の滑り止めはカルカン(Calkin)と呼ばれるのですが、ちょっと注意して見てみると、このホースシューのカルカンは左側に三つと右側に四つの合わせてラッキーセブンになっています。 ホースシューが本来持っている幸運の意味合いに、カルカンのラッキーセブンが掛け合わされて、ラッキーの二乗になっていることから、より効果のありそうなホースシューに作られているのです。 

それでは、なぜホースシューが好まれるようになったのか。 ヴィクトリア時代に書かれた 『The Horse Shoe, The True Legend of St. Dunstan and The Devil』 という書物には、ホースシューにまつわる伝説が書かれています。 その概要をご紹介してみましょう。

後にカンタベリー大司教になったセント・ダンスタンは、ハープを弾くのが上手で鍛冶屋の仕事もこなす器用な人でした。 ダンスタンが夜にハープを奏でていると、デビルがやって来て邪魔をするようになりました。 デビルの悪戯に困ったダンスタンは一計を案じて、蹄鉄を取替えに来たデビルの蹄足にホースシューの留め釘を深く打ち込んだのでした。 

痛がるデビルにダンスタンはこう言います。 「これからは礼拝の邪魔をしないこと、音楽を奏でる邪魔をしないこと、そしてホースシューを掲げた家には寄り付かないこと。 これを守るなら直して進ぜよう。」 デビルはダンスタンと契約をかわし、以降はホースシューが魔除けの役割を果たすようになり、さらには Good Luck をもたらすお守りとされるようになったのでした。

スターリングシルバー GOOD LUCK ホースシュー ペンダントヘッド


ホースシュー伝説のヴィクトリアン本 『The Horse Shoe, The True Legend of St. Dunstan and The Devil』の挿絵
デビル除けのホースシューを逆U字型に取り付けています。



今ではU字置きが普通ですが、逆U字置きが好まれたのがヴィクトリア時代。

いつの時代に上下逆転が起こったのか、一つの手掛かりがこちらです。

二つのポストカード、上は1918年の消印で逆U字置き、下は1927年でU字置き。1919年には第一大戦が終結しています。私は戦争のインパクトがGOOD LUCK ホースシューをもひっくり返したとみてます。

第一次大戦とデザイン、詳しくはigirisumonya.com/19377の解説記事もご覧ください。




No. 20120 スターリングシルバー 幸運 お守り ホースシュー ペンダントヘッド
ホースシューの横の長さ 2.4cm、縦 2.3cm、最大厚み 3mm、1946年 バーミンガム

このスターリングシルバー ホースシュー(馬の蹄鉄)のペンダントヘッドが作られたのは今から70年以上前の1946年です。 銀地金の雰囲気がよく出たリアルな蹄鉄のデザインになっています。 ライオンパサントの横の長さは3ミリほどあって、大きめなホールマークが刻印されているのは、ホールマーク自体を見て楽しむという作り手の意図を反映しているのでしょう。

裏面にはデザイン登録したレジスター番号と、「ENGLAND」の刻印が見えています。 ホールマークは順にHG&Sのメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1946年のデートレター「W」になります。 

ヴィクトリアンやエドワーディアンの作ではありませんが、それでも1946年作といえば、かなり古い品であることがお分かりいただけると思います。 

ホースシューはイギリスではグッドラックの意味があって人々に好まれます。 縁起のよさが好まれ、パブの看板に蹄鉄3つが描かれて、「Three Horseshoes」なんていう名前のパブもありますので、「ホースシュー=幸運」の連想はイギリス人の暮らしに深く根ざしていることが分かります。

ついでながら、シャーロック・ホームズの『白銀号事件』を読んでいましたら、ホームズの「I think that I shall put this horseshoe into my pocket for luck.(このホースシューは幸運があるように、私が貰っておきましょう。)」という台詞に出会いました。 この探偵小説は1892年12月に発表されていますので、少なくともヴィクトリアンの頃には、「ホースシュー=グッドラック(幸運)」の連想があったことが分かります。 シャーロック・ホームズ シリーズには、アンティークなヴィクトリアンの暮らし向きが読み取れる場面が豊富なので、注意して読むと面白いようです。

それから、蹄鉄の滑り止めはカルカン(Calkin)と呼ばれるのですが、ちょっと注意して見てみると、このホースシューのカルカンは上側に三つと下側に四つの合わせてラッキーセブンになっています。 ホースシューが本来持っている幸運の意味合いに、カルカンのラッキーセブンが掛け合わされて、ラッキーの二乗になっていることから、より効果のありそうなホースシューに作られているのです。 

それでは、なぜホースシューが好まれるようになったのか。 ヴィクトリア時代に書かれた『The Horse Shoe, The True Legend of St. Dunstan and The Devil』 という書物には、ホースシューにまつわる伝説が書かれています。 その概要をご紹介してみましょう。

後にカンタベリー大司教になったセント・ダンスタンは、ハープを弾くのが上手で鍛冶屋の仕事もこなす器用な人でした。 ダンスタンが夜にハープを奏でていると、デビルがやって来て邪魔をするようになりました。 デビルの悪戯に困ったダンスタンは一計を案じて、蹄鉄を取替えに来たデビルの蹄足にホースシューの留め釘を深く打ち込んだのでした。 

痛がるデビルにダンスタンはこう言います。 「これからは礼拝の邪魔をしないこと、音楽を奏でる邪魔をしないこと、そしてホースシューを掲げた家には寄り付かないこと。 これを守るなら直して進ぜよう。」 デビルはダンスタンと契約をかわし、以降はホースシューが魔除けの役割を果たすようになり、さらには Good Luck をもたらすお守りとされるようになったのでした。

写真二番目で見て、右から三つ目にあるライオンの刻印が、英国製スターリングシルバーの銀純度を保証するマークになり、重要な刻印です。 このライオンパサントの歴史について少し解説しておきましょう。 

横歩きライオンのマークが初めて導入されたのは今から500年ほど前の1544年のことになります。 これは当時のチューダー朝のヘンリー八世が行った低品位銀貨の鋳造と関係があります。 歴史上どこの国でも財政が逼迫してくると、悪貨を鋳造することがひろく行われてきました。 日本の江戸時代にも同じようなことがあったと思います。 

銀貨と銀器がほぼ同等な価値を持っていた昔の時代にあっては、お上の定める低品位銀貨の価値でもって、高品位な銀器と交換されてしまっては、損してしまうことになります。 そこでその銀器が92.5%の銀純度であることを保証するマークとして、ライオンパサントが導入されたわけです。 

歴史や伝統に格別なこだわりを持つイギリス人は、ライオンパサント(=横歩きライオンの刻印)にも特別な愛着があって、五百年の長きにわたって、この刻印を使い続けて今日に到っております。

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No. 20208 J. Hudson & Co ARP ウィッスル(Air Raid Precautions)
長さ 8.3cm、直径 1.5cm、重さ 26g、1930年代から1940年代の英国製
写真の品はハドソン商会の笛になります。 

ウィッスルの胴体には、
A. R. P.
J. Hudson & Co
Barr St. Hockley
Birmingham
の表示が見えています。 

歴史的にみて、このウィッスルはイギリスでもかなり強力な笛になります。 防犯用や緊急援助の要請、あるいは野生の動物よけなど、日本でも使える場面は多いだろうと思います。 

A. R. P.= Air Raid Precautions とは戦時の空襲監視員あるいは防空指導員のことです。 空襲に備えるべく、警官や予備役の人たちを中心に組織されたと聞きました。 

以前に扱った ARP銀製品には1936年作がありました。1936年は英国にとってまだ戦時下ではないのですが、このとき既にARPが組織され備えを始めていたことが分かります。 この笛も1930年代から1940年代の品と思います。 

このタイプのWhistle(笛)はヴィクトリアン後期の1880年代に初めて英国のお巡りさん用に作られたもので、もともとの用途である防犯用に携帯したら、かなり力強い味方となるでしょう。 小さく吹くとそれなりの音ですが、力いっぱい吹くと、鼓膜がビリビリするほどの結構なすごい音になります。  

ヴィクトリア時代にイギリスの警察がクラッパムコモンの野原でこの笛の使用実験をしたら、1マイル(約1.6km)先まで音が届く優れものという結果が出たと聞きました。 

ハドソン商会の笛がヴィクトリア時代に開発された当時のエピソードを聞きましたので、ご紹介させていただきましょう。 イギリスの警察がお巡りさん用のウィッスルを新規に買い入れようということになって、業者に新製品開発を公募することになりました。 いくつかの業者が企画に参加して、この笛を考案したハドソン商会も試作品を警察に届けて、テストが行なわれたのです。 ところがその後、いつまで待っても、採用されたのかされなかったのか、結果の通知が届きません。 

さらに時間が経って、驚いたことには、試作品だったはずのこの笛を、街でお巡りさんが使い始めているのがハドソン氏の目に留まったのです。 びっくりしたハドソン氏はどうしたことかと、警察に事情を尋ねに出かけました。 そこでの回答はあらまし以下のようであったのでした。

「いやあ、ハドソンさん、よく警察に尋ねて来ていただきました。 実は貴方にお作りいただいたウィッスルは、テストの結果とても性能が良いということで、警官携帯用の笛として採用となりました。 ところが貴方から提出いただいた関係書類いっさいを失くしてしまいまして、この試作品を作った業者が誰だったのか、分からなくなってしまったのです。 ただ、警察としては、このウィッスルは素晴しい出来なので是非とも使っていきたい。 そんなわけで、貴方には申し訳なかったのですが、他の出入り業者に頼んで、試作品をまねて作らせた次第だったのです。」

本当の発明者がハドソン氏と分かって、仕事はハドソン商会に引き継がれることになって、めでたし めでたしのエンディングとなったそうです。 パテントなど権利の扱いがあまりにもずさんで、今日では考えられないようなお話ですが、資本主義の本家ともいうべきイギリスでも、ヴィクトリア時代にはこんなことがまかり通っていたのでした。

でもイギリスという国では、こういうイージーというか、おおらかというか、いいかげんなことによく出会うのも確かなことで、根っこの部分は今も昔もあまり変わっていないようにも思うのです。 英国アンティーク情報欄にあります「27. ホールマーク漏れと英国人気質」解説記事もご参考まで。

ヴィクトリア時代のお巡りさんについて、情報を得ました。 『What the Victorians Did for Us(Adam Hart-Davis著)』という本によると、ハドソン商会のウィッスルが採用される以前のお巡りさんは、笛の代わりにRattle(ガラガラ)を持ち歩いていたそうです。 

緊急事態が発生したときにはガラガラを振り鳴らして、周囲を警戒中の仲間に知らせたのです。 ところが、やはりガラガラでは、遠くまで音を届かせるという点で性能がいま一つでした。 

そこで、ハドソン商会の笛となったわけです。 ちなみにヴィクトリアン終わり頃における緊急時の支援要請サインは、この笛を三回短く吹き鳴らすことであったそうです。
J. Hudson & Co ARP ウィッスル(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)





No. 20134 ヴィクトリアン エンジェル モチーフ スターリングシルバー バックル
横の長さ 7.6cm、縦の長さ 4.85cm、重さ 33g、本体部分の厚み 1.5mm、留め具を含む最大厚み 4mm強、1895年 ロンドン

ヴィクトリアンのスターリングシルバー バックルとはこういうもの、という意味で博物学的な興味を惹かれるアンティークと思います。 33グラムという持ちはかりは、銀がしっかり使われていて重たいですし、爪のごっつさには圧倒されます。 今から120年以上前の銀製バックルとは、こういう品でありました。 

ちょっと見えにくいですが、周りに配されているのは四人のエンジェルです。 

写真一番目で見て、バックルの右上あたりに四つのブリティッシュ ホールマークがしっかり深く刻印されています。 ホールマークは順にメーカーズマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、レオパードヘッド、そして1895年のデートレターです。 三本ある爪のうち、真ん中の爪にもメーカーズマークとスターリングシルバーを示すライオンパサントが刻印されています。

最後に、この品のデートレターをご覧いただくと、その形が盾状をしていて特徴があります。 ロンドンアセイオフィスにおける19世紀のほぼ第4四半期にあたる1877年から1895年までのデートレター サイクルは「盾」と覚えておかれると、アンティークハントの時には便利です。 この時代はイギリスの国力が大いに伸張した時期にあたることから、今日においてもこの頃のアンティークに出会う可能性も高いのです。 デートレターをすべて暗記することは難しくても、「ロンドンの盾はヴィクトリアン後期」と覚えておくと役に立つでしょう。

ヴィクトリアン エンジェル モチーフ スターリングシルバー バックル(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 20161 ベツレヘムの星 マザー オブ パール ピアストワーク ブローチ
楕円の長径 3.45cm、短径 2.2cm、マザー オブ パールの最大厚み 2mm、留め具を含む最大厚み 6.5mm、SOLD
マザー オブ パール ピアストワーク ブローチ







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