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アンティーク シルバー ティースプーン (2)

あるお客様から、「バラ売りされているティースプーンはないでしょうか。ちがった年代、デザインを1本ずつ集めるのも楽しいのでは・・・」とお便りいただきました。

タは私も以前にティースプーンをちがった年代、デザインで1本ずつ集めるのも楽しいのではと思ったことがあったのです。 知り合いのアンティークディーラーのお宅にお邪魔してお茶をご馳走になった時、出てきたティースプーンが、プレーンなジョージアンスプーンでしたが、セットではなくちがった年代とデザインでした。 そのことでかえってスプーン一本一本を眺めたり、ホールマークを見比べたりと話が弾み、セットのティースプーンであったら出来なかったような会話を楽しむことが出来たのです。 この時、セットよりバラのアンティークの魅力を確かに感じたのですが、頭が固いと言いましょうか、英吉利物屋でティースプーンをご紹介するとなると、「ティースプーンはセットで」という先入観から抜け出せぬままに今日まで来てしまいました。 一方で仕入れの際uズ麗なティースプーンを一本見つけると、つい求めてしまうのですが、その後はサイトアップすることなくそのままになっていたのです。

お客様からのお便りでハッといたしました。 アンティークティースプーンをバラで集める魅力は確かにあるとあらためて思いました。 以下のコーナーでバラのティースプーンを少しずつご紹介していけたらと思います。


(下線付き太字の品物名をクリックいただくと、拡大写真とその他の説明写真がご覧いただけます。)

アンティーク シルバー ティースプーンのSOLD品はhttp://www.igirisumonya.com/teaspoon19.htmへ移しました。


No. 19340 アール・デコ スターリングシルバー ティースプーン with ピアストワーク *一部 SOLD
長さ 10.8cm、重さ 10g、ボール部分の最大幅 2.3cm、透かし柄の最大幅 1.3cm、1943年 バーミンガム、1本 3,800円 (6本あります-->3本あります。)
今から70年ほど前に作られたスターリングシルバー ティースプーンで、アール・デコの直線的なデザインとピアストワークが特徴的です。 ボールの裏面にはメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1943年のデートレターが刻印されています。

この品が作られた1943年といえば第二次世界大戦中のことであり、タ際のところ当桙フイギリスはデザインやアートどころではなかったのですが、このティースプーンのデザイン的な背景としてはアール・デコの系譜上にあるものとみてよいでしょう。

一般に1920年代から30年代はアール・デコの時代と言われます。 ヴィクトリアンあるいはエドワーディアンの伝統的で凝ったシルバーデザインとは大きく異なる変更が、この時代にあったことは、とても興味深いと思います。 ある解説によれば、このデザイン上の大きな断絶を生み出した最大の要因は第一次大戦だったと言われています。 当桙フ人たちはヴィクトリアンとエドワーディアンの輝かしい伝統の延長上に世界大戦が起こったことに大きなショックを覚え、ポストワーの時代には、昔の時代から距離を置きたいと望む風潮が強く、そこにアール・デコがぴたりとはまったというわけです。 

アール・デコについてはいろいろな説明がありますが、この解説はかなり言いえているように思います。 イギリスを隅々まで旅してみて、どんな小さな田ノの村にも、第一次大戦の戦没メを悼む記念碑が建っているのを知りました。 英国人の暮らしを根底から揺るがした出来魔ナあったことが想像されるのです。

そして時はくだって世界は再び戦争の惨禍に見舞われることになりました。 この品が作られた1943年は第二次大戦の最中になります。 英国は戦勝国とはなったものの、大変な時期であったことは間違いありません。 ロンドンはドイツから弾道ミサイルの攻撃を受けたり、爆撃機による空襲も頻繁にありました。 рフ住む町はロンドンの北の郊外で爆撃の目標にはならなかったようですが、近所のお年寄りの話では、ロンドンを空襲した帰りの爆撃機が、cった爆弾を燃料節約の為に翌ニしていくコースに当たっていて、怖かったとのこと。 

とは言うものの、ハ真のようなピアストワークの素晴しい不要不急品を作っていたとは、当桙フイギリスは結構余裕もあったんだなあ、と思うのです。

ついでながら、戦争中のイギリスの余裕について、Air Raid Precautions スターリングシルバー バッジの説明記魔烽イ参考まで。
アール・デコ スターリングシルバー ティースプーン with ピアストワーク


No. 19388 エドワーディアン スターリングシルバー トレフィッド パターン ティースプーン with コート オブ アームズ(紋章) * 一部 SOLD
長さ 10.1cm、重さ 13g、最大幅 2.2cm、ボール部分の長さ 3.1cm、柄先の最大幅 1.35cm、柄の最大厚み 2mm、1904年 ロンドン、1本 3,800円 (6本あります-->4本あります-->3本あります。)

羊あるいは山羊の紋章が彫られていて、紋章のモチーフとしては珍しいので、この百年以上前に作られたアンティーク 銀スプーンの背景に興味を惹かれます。 紋章デザインに採用される動物というのは、普通ですとライオンやドラゴンなど強い獣が多いものですが、羊毛業で栄えた家ならば羊もありなのかなと見ています。 

小振りながらもしっかり出来た銀のスプーンです。 トレフィッド パターンと言うのも珍しく、この品を注文したオーナーの製作意図として、このパターンが流行った頃のイギリスは羊毛産業で潤った時代であったことと関係があるのかも知れないと思いました。

紋章の基礎知ッについて、少しお話しましょう。 一般に紋章はコート オブ アームズと言うのが正式です。 クレストという言葉もありますが、クレストとは紋章の天辺にある飾りを言います。 紋章の各部分の名称として、例えば英国王室の紋章の両サイドにいるライオンとユニコーンの部分をサポーターと言い、中央の盾状部分をシールドまたはエスカッシャンと言います。 さらに細かく言うと、スプーンに刻まれた紋章では下に棒状の飾りが見えますが、これはクレストの台座であって、リースと呼ばれます。

ただし、紋章のすべてを描いて使うのは、大掛かり過ぎるので、その一部をもって紋章とされることも多く、中紋章とか大紋章という言い方もあります。 しかし、その区別は厳密でないので、紋章の一部をもってコートオブアームズという言い方をしても差し支えありません。

コート オブ アームズ(=紋章)を使っていた人々とは、どういう階層の人たちであったのか、考えてみました。

コート オブ アームズの体系化や研究は、イギリスにおいて九百年ほどの歴史を持っており、紋章学(Heraldry)は大学以上の高等教育で学ぶ歴史学の一分野となっています。 中世ヨーロッパにおいては、多くの国々に紋章を管理する国家機関がありました。 今ではなくなっているのが普通ですが、面白いことにイギリスでは紋章院がまだ活動を続けています。

今日のイギリスは品のよい国のように見られることが多いですが、歴史を紐解きますと、節操のないことで名高い時代も長くありました。 キャプテン・ドレークは世界を航海して略奪をきわめて、当桙フ国家予Zに匹敵するほどの金銀財宝を奪って帰ってきたので、エリザベス一世から叙勲を受けました。 お金がすべてという傾向は、紋章院においてもあったようです。

紋章学や紋章院の働きについて書かれた本が、『HERALDRY IN ENGLAND』(Anthony Wagner著、Penguin Books、1946年刊)です。

この本によりますと、紋章院が認めてきたコートオブアームズは四万あるとのこと。
一方で英国の王侯貴族にあたる家柄は千足らずとなっています。

この数嘯フバランスから分かることは、第一にコートオブアームズは王侯貴族だけのものではないこと。 第二に、そうは言っても、代々伝わるコートオブアームズがある家系は、英国の中でも数パーセントに過ぎず、その意味で日本における家紋とはだいぶ違っていること。

Y業革命が進行して、新興富裕層が厚くなってきたのがヴィクトリア梠繧フ初め頃になります。 当桙フ富裕層はコートオブ アームズを求めましたし、また求めれば手に入る性質のものであったようです。

なお、このアンティークが作られた当桙フ様qについては、「英国アンティーク情報」欄の「14.Still Victorian」の解説記魔烽イ参考ください。
クレスト(紋章) エドワーディアン スターリングシルバー トレフィッド パターン ティースプーン


No. 19037 スターリングシルバー ティースプーン 一部 SOLD
長さ 10.2cm、重さ 11g、ボール部分の長さ 3.6cm、最大幅 2.1cm、ボールの深さ 6mm、柄の最大幅 1.2cm、1915年 ロンドン、3,300円 (6本あります-->5本あります-->4本あります。)

綺麗な銀ですが、けっこう古い、デザインもなかなかよろしいですし、お薦めできるアンティークと思います。

ハ真二番目の見えるホールマークは順に、メーカーズマーク、1915年のデートレター、ロンドン アセイオフィスのレオパードヘッド、そしてスターリングシルバーを示すライオンパサントです。

英国でアンティークという言葉を厳密な意味で使うと、百年以上の時を経た品物を指します。 ハ真の銀スプーンが作られたのは1915年ですから、晴れて正式なアンティークに昇格した品であります。 気に入った古いものを使っていくうちに、その品が自分の手元で‘アンティーク’になっていくことは、コレクターの喜びとも言えますので、この品には、そんな楽しみ方もあるかと思うのです。
スターリングシルバー ティースプーン


No. 19035 マッピン & ウェブ スターリングシルバー ティースプーン 一部 SOLD
長さ 10.8cm、重さ 10g、ボール部分の長さ 3.7cm、最大幅 2.05cm、ボールの深さ 6mm、柄の最大幅 1.0cm、柄の厚み 2mm、1921年 ロンドン、Mappin & Webb作、1本 3,800円 (6本あります-->4本あります。)
今から九十年以上前に作られたMappin & Webbのスターリングシルバー ティースプーンです。 ボール部分が深くて細身なタイプで、品のよさが感じられます。 柄のデザインはシンプルながらも、銀の厚みが感じられて好印象な品と思います。 

ほとんど使われた様qがなくコンディション良好なティースプーンで、同等な品が六本あります。 六本をまとめてお求めいただく場合には、Mappin & Webbの木製ケース入りでお送りします。

ボール裏面のホールマークは順に、Mappin & Webbのメーカーズマーク、1921年のデートレター、ロンドン レオパードヘッド、そしてスターリングシルバーを示すライオンパサントです。 

英国で「アンティーク」という言葉を厳密な意味で使うと、「百年以上の時を経た品」を指すことになります。 そんな訳で、英語で言うと「It will become an antique in four years. (この品はあと四年でアンティークになります。)」という言い方をされることがあります。 アンティークコレクターにとっては、やはり百年という年撃フ経過は大きなメルクマールになりますので、上記のような会話がなされる機会も多いのです。 

この銀製品が作られたのは1921年ですから、正式なアンティークに昇格するまでにあとまだ何年かかかります。 しかし、気に入った古いものを使っていくうちに、その品が自分の手元で‘アンティーク’になっていくことは、コレクターの喜びとも言えますので、この品には、そんな楽しみ方もあるかと思うのです。

メーカーは言わずと知れた有名工房ですが、このシルバースミスの歴史をご紹介しましょう。

マッピン関連のアンティークを扱っていると、「Mappin & Webb」とよく似た名前の「Mappin Brothers」というシルバースミスに出会うことがあります。
「Mappin Brothers」は1810年にジョセフ マッピンが創業した工房で、彼には四人の後継ぎ息子がありました。l人は上から順にフレデリック、エドワード、チャールズ、そしてジョンで、年長の者から順番に父親の見習いを勤めて成長し、1850年頃には引退した父ジョセフに代わって、l兄弟が工房を支えていました。

ところが末っ子のジョンは、工房の運営をめぐって次第に兄たちと意見が合わなくなり、ついに1859年には「Mappin Brothers」を辞めて独立し、「Mappin & Co」という銀工房を立ち上げました。 以後しばらくの間、「Mappin Brothers」と「Mappin & Co」は「元祖マッピン家」を主張しあって争うことになります。

しかし最初のうちは「Mappin Brothers」の方が勢力があったこともあり、1863年には末っ子ジョンの「Mappin & Co」は「Mappin & Webb」に改名することとなりました。 Webbというのはジョンのパートナーであったジョージ ウェブの名から来ています。

「元祖マッピン家」問題では遅れをとったジョンでしたが、兄たちよりも商売センスがあったようです。 スターリングシルバー製品以外に、シルバープレートの普及品にも力を入れ、目新しい趣向を凝らした品や新鮮なデザインの品を次々と打ち出し、しかも宣伝上手だったのです。 ヴィクトリアン後期には当桙フ新興階級の間でもっとも受け入れられるメーカーに成長し、それ以降のさらなる飛躍に向けて磐石な基盤が整いました。

20世紀に入ってからの「Mappin & Webb」は、「Walker & Hall」や「Goldsmiths & Silversmiths Co」といったライバルの有名メーカーを次々にその傘下に収めて大きくなり、今日に至っています。 

また、「Mappin Brothers」ですが、梠繧フ波に乗り切れなかったのか、1902年には「Mappin & Webb」に吸されてしまっています。 ただ、その頃には三人にお兄さん達はとっくの昔に引退しており、後を継いだエドワードの息子さんも引退して、マッピン家のゆかりはいなかったようです。 そうこう考えると、ジョージアンの創業で、ヴィクトリア梠繧ノ二つに分かれたマッピンが、エドワーディアンに入ってまた一つの鞘に戻れたことはよかったのかなとも思うのです。
マッピン & ウェブ スターリングシルバー ティースプーン


No.18749 ジョージO世 スターリングシルバー オールドイングリッシュ パターン ティースプーン
長さ 13.4cm、重さ 17g、ボール部分の長さ 4.6cm、最大横幅 2.7cm、ボールの深さ 0.6cm、柄の最大幅 1.25cm、1800年 ロンドン、一万二千円
今から二百十年以上前に作られたスターリングシルバーのティースプーンです。 二世紀を越えた古さは、たいへんな魅力になろうかと思います。 柄の裏面にはブリティッシュ ホールマークがどれもしっかり深く刻印されているのもポイントです。 

柄の裏面に刻印されたホールマークは順に、メーカーズマーク、ジョージO世の横顔でデューティーマーク、1800年のデートレター、そしてスターリングシルバーを示すライオンパサントとなっています。

英国でアンティークという言葉を厳密な意味で使うと、百年以上の時を経た品物を指します。 気に入った古いものを使っていくうちに、その品が自分の手元で‘アンティーク’になっていくことは、コレクターの喜びとも言えますが、このティースプーンが作られたのは1800年ですから、余裕でアンティークのカテゴリーに入るどころか、さらには既に"ダブル"アンティークともなっており、そんな辺りもアンティーク シルバーファンとして、嬉しい銀であると感じます。

かなり古いスプーンをお求めいただいたお客様から、ジョージアンの時代に銀器を使っていた人たちはどんな人たちだったのかというご質問をいただきました。 遠い昔に銀器を使っていたのは豊かな人たちであったに違いありませんが、この問題はよく考えてみると、もっと奥の深い問題であることが分かります。

ジョージアンの時代に銀器を使っていた人たちは、百年ほど前のヴィクトリアン後期に銀器を持っていた人たちよりも、一段と社会階層が上のお金持ちだったと思われます。 ジョージアンの時代には、まだまだ銀は社会の上層階級の占有物であったからです。 ヴィクトリア期には英国の経済力も大いに伸長したので、ヴィクトリアン後期の英国では銀器が新興富裕層にまで普及し、その裾野が広がりました。 つまり銀器を使った昔のお金持ちといっても、ジョージアンの時代とヴィクトリアンの時代ではその意味合いや程度が大きく異なるのです。

「International Hallmarks on Silver」という本に、過汲フ銀世界生産量推計という面白い資料がありました。 その資料によれば、ハ真の銀スプーンが作られた頃の年間銀生産量は460トンほどで、ヴィクトリア梠纃ナ後の1900年は5400トンとあります。 梠繧ニ共に生産量が十倍以上に増しているわけですが、逆にみると、より昔の時代における銀の希少性について、お分かりいただけるのではないでしょうか。

ジョージアンとヴィクトリアンでは銀のスプーン一本を取ってみても、そのステータスシンボルとしての価値はかなり違っていたわけです。 もっと詳しく知るためには、英国ミ会史や経済史の理解が不可欠になりましょう。 これからも少しずつ調べて、個々のアンティークが持つ時代背景について、英吉利物屋サイトでお伝えしていければと思っています。

銀の価値を考えているうちに、もしこの銀スプーンを江戸時代にタイムスリップさせたら、いったいどのくらいの価値があったものだろうかと思考タ験をしてみました。 当桙フ英仏独伊といった国々のスタンダードは金銀複本位制で、銀の地金はマネーと等価であり、各国通貨への換算額も容易に計Zできます。 ところが、江戸時代の日本では違った貨幣制度が採用されておりましたので、ややこしいところがあります。 

例えば時代劇など見ておりますと、両替商というのが出てきて、しばしば御奉行様と結託しては悪事を働いたりしております。 両替商の仕魔ニいっても、鎖国の江戸時代に、海外旅行用の外貨両替なんてことはありえません。 それでは、この両替商はいったい何を両替していたのでしょうか。 江戸時代の日本では、金貨である小判と、銀貨、そして寛永通宝といった銭、これら三毳ネーの交換レートが市場にまかされており、変動相場制になっていました。 極論すれば、ドルとユーロとポンドというレート変動する三通貨が一国の中で流通していたようなもので、そこに両替商の存在意義があったのです。

そんなわけで、ハ真の銀スプーンは一種の銀地金でありますが、江戸時代のマネーに換算するには、小判か銀貨か銭か、難しさが伴うのです。

ここでは、なるべく簡単な算ということで、天保一分銀への銀地金換算をしてみましょう。 イギリスでヴィクトリア梠繧ェ始まった1837年は、日本では天保8年にあたり、この年から天保一分銀の鋳造が始まっています。 天保一分銀は江戸時代の中でも、特にエポックメイキングな銀貨であって、それがまたヴィクトリアンと重なっていることから、この銀貨について少し詳しくなるのもよいでしょう。

天保一分銀の重さは8.62グラム、銀純度は99%ほぼ純銀でした。 ハ真のスプーンは重さが17グラムのスターリングシルバーですから、銀の重さは17g*92.5%=15.7gとなります。 そうしますと、銀地金換算で、この銀スプーンは天保一分銀 二枚繧フ価値があることになります。 

これを小判で換算すると、一分銀四枚で小判一枚と等価でしたので、このスプーン二本半ほどで小判一枚の価値となり、当桙フ国際標準からすると相当な高額物品になってしまうのです。 その理由は徳川幕府の貨幣制度にありました。 幕府は長い年撃かけて銀高金安誘導に成功し、天保一分銀の鋳造をもって、素材に銀を含むことから銀貨ではあることは間違いないけれども、その実態は銀高金安を固定する計数貨幣を完成させたのでした。 

江戸時代の人々は小判と銀貨を使ってはおりましたが、その貨幣制度は「ゥ由な貨幣鋳造」が認められていなかったという点で、金銀複本位制というよりも、むしろ現代の管理通貨制度に近い仕組みでありました。 なお、「ゥ由な貨幣鋳造」とは、人々が造幣局に持ち込んだ金銀の地金を、造幣局が金属的に等価な金貨あるいは銀貨と交換してくれることを意味します。 

ジョージO世 スターリングシルバー オールドイングリッシュ パターン ティースプーン


No. 18748 スターリングシルバー ティースプーン 一部 SOLD
長さ 10.7cm、重さ 11g、ボール部分の長さ 3.8cm、最大幅 2.1cm、ボールの深さ 7mm、柄の最大幅 1.1cm、1930年 ロンドン、五千円 (6本あります-->5本あります。)

柄先に向うウェイヴのフォルムがエレガントな印象です。 ボール部分も細身で深めなフォルムで、この銀スプーンの優雅さが増しているように思います。

ボール部分の裏面には四つのブリティッシュ ホールマークが刻印されています。

ハ真二番目の見えるホールマークは順に、メーカーズマーク、1930年のデートレター、ロンドン アセイオフィスのレオパードヘッド、そしてスターリングシルバーを示すライオンパサントになります。
スターリングシルバー ティースプーン





No. 18803 スターリングシルバー ティースプーン 一部 SOLD
長さ 10.1cm、重さ 9g、最大幅 2.1cm、柄の最大幅 1.05cm、1938年 シェフィールド アセイオフィス、Ethel Mary Ventress作、一本 l千三百円 (3本あります-->2本あります-->1本あります。)

今から七十年以上前に作られたスターリングシルバー ティースプーンですが、おそらく未使用のまま今日に到っていると思われ、コンディション良好な銀のスプーンです。

ハ真O番目のホールマークは順に、メーカーズマーク、シェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1938年のデートレターになります。

メーカーズマークの「EV」は Ethel Mary Ventressというシルバースミスを示し、ティーストレーナーで有名なシルバースミスでありました。

スターリングシルバー ティースプーン


No. 18802 ハノーベリアン パターン with ラットテール スターリングシルバー ティースプーン 一部 SOLD
長さ 9.3cm、重さ 10g、最大幅 2.1cm、柄の最大幅 0.85cm、柄の最大厚み 2mm強、1962年 バーミンガム、Turner & Simpson作、一本 l千三百円 (6本あります-->4本あります。)
今から半世紀以上前に作られたスターリングシルバー スプーンです。 小振りな銀でありますが、細身のフォルムから品のよさが感じられる銀製品です。 

ハ真一番目に見えるように、ハンドル部分の中央部は山の稜線のように、まわりから盛り上がった作りになっています。 この銀の稜線構造によって、しろがねに映る光の反射に変化がもたらされ、シンプルな銀スプーンでありながら、ほどよいアクセントとなっています。 また、閧ノした時の銀の厚みにもつながる作りであって、好印象な銀製品と思いました。

よく見ていくと、ブリティッシュ シルバーウェアの長い伝統に裏打ちされた銀であると分かってきて、そんなところにも、興味を惹かれる英国ティースプーンであります。

柄先が少し手前に曲がったタイプで、これがハノーベリアンパターンと呼ばれます。 ハ真二番目でボール裏面を見ていただくと、先が細くなったネズミの尻尾のようなデザインになっており、これはラットテールと呼ばれる構造です。 ラットテールはハノーベリアン パターンに付随して現れることが多いデザインです。

ラットテールはハノーベリアン パターンと、それより以前のドッグノーズやトレフィッド パターンで見られる構造ですが、元々は柄とボールの接合部分を補強するために採用された手法でした。 スプーンの歴史を考えてみると、棒状の柄の先にボールを取り付けたスプーンという道具は、技術レベルが低かった初期段階においては、柄とボールの接合部から壊れることが多かったのです。 

そこで考えられたのが、ラットテールという梁を付けて補強する方法でした。 そのうちに、素材の質や工作技術のレベルが向上してくると、ラットテールは実用上の必要性が薄くなってきましたが、今度は装飾的な観点から、ラットテールが採用されることも出てきました。 

さらに後の時代になると、まさにこの写真のティースプーンがそれにあたるわけですが、昔風なラットテールはノスタルジーを感じさせてくれることから、梠繧ェ移り変わっていっても、栫Xに選好されたものと考えられます。

なお、イギリスにおけるスプーンパターンの歴史については、英国アンティーク情報欄にあります「4. イングリッシュ スプーン パターン」の解説記魔烽イ参考ください。

ボール部分の裏面にはブリティッシュ ホールマークが、どれもしっかり深く刻印されているのもよいでしょう。 ホールマークは順にTurner & Simpsonのメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカー、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1962年のデートレターになります。

ハ真の品が作られた1960年代は、英国に古きよきシルバースミスの伝統が残っていた最後の頃にあたっているように思います。

ヴィクトリアンやエドワーディアンが多い英吉利物屋の扱い品としては、比較的近年の銀になりますが、それでも半世紀を越える年撃ェ経っております。 イギリスで古い銀製品を探していると、1960年代の品には思うように巡り会えないようです。 英国の停滞期と重なっていることが、その理由ではないかとみています。 英国シルバーの近現代史において中抜けした時期にあたっており、その意味でレアもの銀という迫‘に入ろうかと思います。

これまでも大切に扱われてきたようですが、こうして半世紀が経ち、一世紀が経っていくのだろうなと見ております。 英国の伝統をよく踏まえた銀でありますが、そうでなくとも品のよいフォルムは十分に美しく、磨きぬかれたソリッドシルバーの輝きを楽しむのも、またよいのではと思わせてくれるシルバースプーンです。

お客様から、なるほどと思わせていただいた銀スプーンのお話がありますので、ご紹介させていただきましょう。 
『先日北海道では珍しい大型台風が通過し、短條ヤですが停電となってしまいました。 夜、d方がないので古い灯油ランプを持ち出し屋内の照明としたのですが、以前阡zいただいたティースプーンをランプの光にかざしてみたところ、ほの暗い明るさの中、スプーンのボウル内や彫刻の輝きにしばし見とれました。 銀のアンティークには点光源の古い照明が合うようです。 また昔の貴族が銀器を重用したのもうなずける気がします。』

рヘアンティーク ランプ ファンで、早速に獅オてみたのですが、シルバーにアンティークランプの灯がほんのりと映って揺れているのを見ていると、なんだか心が翌ソ着くものでした。

もう一つ、銀のスプーンをお求めいただいたお客様からのご感想です。

『さて、タ際に手に取ってみると、なかなか素敵な物です。銀だから価値があるというより、これだけの年撃経て、なおちょっとしたお手入れをするだけで、作られた当桙ニほとんど同じ状態で使い続けられるという点の価値はすごいと思います。まとめ買いした安いスプーンがいつの間にかどこかにいってしまったり、曲がったりすり減って黒くなり、何回も買い直していることを考えると、世代を超えて使われる銀器は節約の象徴のような気もしてきます。』

銀をお手入れしながら使っていくことの意味について、まさにわが意を得たりというコメントでありましたので、ご紹介させていただきました。
ハノーベリアン パターン with ラットテール スターリングシルバー ティースプーン





No.18800 ノルウェー製 ピアストワーク シルバー ティースプーン
長さ 9.8cm、重さ 7g、ボールの深さ 3.5mm、最大幅 2.0cm、透かし柄の最大幅 1.2cm、ノルウェー製、一本 l千五百円 (6本あります。)

ピアストワークが可愛らしい銀製ティースプーンです。 コンディション良好sズ麗な品と思います。 裏面のホールマークはノルウェーシルバーの銀純度を示す「830」刻印と、メーカーズマークの刻印になります。

この品が作られたノルウェーという国は、ヨーロッパにあって、なかなかにユニークな国なので、そんな背景を考え合わせると、ハ真の銀製品には興味を惹かれます。

デンマークにノルウェーとスウェーデンを加えて、桙ノアイスランドとフィンランドも合わせた地域をスカンジナビアと呼びます。 北欧諸国はバイキングの流れをくみ、歴史的に見ても交流が盛んな国々であります。 根っこのところはつながっているけれども、今ではそれぞれ独立国としてやっているというのが面白いと思います。 通貨の単位にしても、ノルウェークローネ、スウェーデンクローネ、デンマーククローネであって、O国ともクローネながら、交換レートは一対一ではなくて、それぞれ別々の通貨です。 

余談ながら、クリスマスの頃にノルウェーのオスロへ行ったことがあります。 オスロという街はまさに森の中にある小さな首都です。 飛行機が高度を下げて、雪景色のノルウェーの森、そしてオスロの眺めはとても幻想的でした。 ビートルズの『Norwegian Wood 』や、村上春≠フ『ノルウェイの森』が頭にあって、感動を深めたのかも知れません。

帰途、十二撃フノルウェーはとても日が短く、飛行機に乗っていたら早々と水平線の向こうに夕陽が沈みました。 オスロ・ロンドン間は北海を横切って行くのですが、上空から真っ暗な夜の海に、あちこち北海油田の炎が点々と連なって見えたのは、これまた壮観だったことを思い出します。

イギリスの新聞に「投痩ニから見て、欧州諸国でドイツより安全な国は、スイスとノルウェーぐらいしかない。」という記魔ェありました。 スイスは分かりますが、ノルウェーってそんなに安全なのか?と思いました。 調べてみたら、今日のノルウェーは欧州の中で独自の道を歩んでいるためでした。 そういえば、ギリシャx援についても、ノルウェーが真っ先にもう支援しないと言い出して、同じ欧州の国なのにそんな薄情なと思ったものでした。 

タはノルウェーは、なんどか国民投票しましたが都度否決されて、EU(欧州連合)に加盟していません。 欧州諸国はみんなEUに入っているものかと思っていたら、そうではないんですね。 この国には北海油田があり、今のうちに収益を貯めていって、原油が枯渇したら、ファンドで国を運営していく方針だそうです。 EUから距離を置いて、共通通貨ユーロにも入りませんから、将来にわたって通貨ノルウェークローネも存在し続けます。 

二十一世紀の現代にあって、ヨーロッパにありながら、我が道を行く、なかなかユニークでタフなヴァイキングの国なのです。

ノルウェー製 ピアストワーク シルバー ティースプーン


No. 18798 スターリングシルバー ティースプーン 一部 SOLD
長さ 11.4cm、重さ 11g、ボール部分の最大幅 2.4cm、柄の最大幅 1.3cm、1928年 バーミンガム、l千五百円 (8本あります-->6本あります)
スターリングシルバーのティースプーンです。 可愛らしいデザインと感じます。 

柄先に向ってかなり幅広なつくりで、レリーフデザインがゴージャスに見えるところに特徴があります。 作られたのは今から八十五年前の1928年になりますので、しばらく使っていくと、節目の一世紀が見えている古さは、アンティークとしてポイントになりましょう。

きっちりと製作年が分かるのは、英国アンティークシルバーの良いところで、ハ真二番目でボール裏面に刻印されているブリティッシュ シルバー ホールマークを判読することで、作られたのが1928年だと分かります。 ホールマークは順にメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1928年のデートレターになります。
スターリングシルバー ティースプーン


No. 18797 エドワーディアン スターリングシルバー ビーズパターン ティースプーン 一部 SOLD
長さ 10.4cm、重さ 11g、ボール部分の長さ 3.4cm、最大幅 2.15cm、ボールの深さ 5mm、柄の最大幅 0.9cm、1904年 シェフィールド、Henry Williamson Ltd作、l千八百円 (6本あります-->5本あります-->4本あります。)

今から百年以上前のエドワーディアン シルバーで、一世紀以上の時を経たアンティークであることは、やはり特筆すべきポイントと言えましょう。

ビーズパターンのハンドルも個性があってグッドです。

ハ真二番目に見えるように、lつのシルバーホールマークがしっかり深く刻印されています。 ホールマークは順に1904年のデートレター、スターリングシルバーを示すライオンパサント、シェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、そしてHenry Williamson Ltdのメーカーズマークです。

シルバースミスのHenry Williamson Ltdは、ヴィクトリアン中期の1865年にヘンリー・ウィリアムソンが創業した銀工房です。 1895年には時計店を買して小売部門を拡張し、1899年に今度はファクトリーを買して製作部門を強化しています。 ヴィクトリア期の最後の頃には、シルバー部、シルバープレート部、ジュエリー部、梃v部、眼鏡部等を抱える大きなビジネスに成長していたようです。 1920年代には、英国Y業フェアやスペイン バルセロナのフェアに出展したりと活躍しましたが、1929年世界大恐慌のあおりを受けて店を閉じました。 この銀のティースプーンはエドワーディアンで1904年の製作ですから、H. Williamson Ltdが最も勢いの盛んだった頃の品と言えそうです。

ハ真のアンティークが作られた時代はずいぶんと昔のことになります。 どんな時代であったのか、少し見てみましょう。 当桙フメインイベントは日露戦争でありました。 『中央新聞 1903年10・3日付』の「火中の栗」という風h画を見たことがあります。 コサック兵(露)の焼いている栗(満州)を、ジョンブル(英)に背中を押されて、日本が刀に手をかけて取りに行こうとしている風h画です。 1902年には日英同盟が結ばれています。 ロシアはシベリア鉄道の完成を急ぎ、大規模な地上軍が極東に向けて集結しつつあった当桙フ状況が描かれています。

開戦後の翌1904年には、こんどは世界j上の大海戦の行方に関心が集まっております。 バルト海、北海、大西洋、喜望峰を経て日本へ向かうロシアのバルチック艦隊の動きが注汲ウれ、当桙フイギリスでは日本海海戦の行方が大変な興味を持って見守られていたとの記録が残っています。

ロシアのバルチック艦隊は日本へ向けて航行中でした。 そして1904年10撃ノはイギリス沖合いの漁場ドッガーバンクで、漁船を日本の水雷艇と誤認したバルチック艦隊が、英国漁船砲撃膜盾引き起こして、英国世論が激高する事態となっています。 

日本に向かって戦争に行くロシア艦隊が、途中で英国漁船を何百発もの砲弾で打ち払って、間違いと分かった後には救助もせずに通り過ぎてしまったのですから、誰だって怒るだろうと思います。 

当桙フ日本とイギリスは日英同盟を結んでおりましたが、ドッガーバンク膜盾契機にイギリス世論もおおいに日本に味方しました。 そしてイギリス政府によるバルチック艦隊の航海妨害などナイスアシストもあって、日本海海戦に向けて有利な展開となったのは幸いでした。 

明治39年(1906年)には夏目漱石の『草枕』が出ております。 梠續w景はこのアンティークが使われていた頃とほぼ重なっております。 東京を離れた温泉宿で非人情の旅をする画工の話ですから、当桙フ社会情勢がメインテーマではありませんが、それでも、出征していく若者を見送ったり、日露戦争や現実社会の影が背景に見え隠れしています。 昔の時代に思いを馳せるアンティークな資料として、рフお気に入りの一つです。
エドワーディアン スターリングシルバー ビーズパターン ティースプーン


No. 18796 『LOOK FORWARD (前を見よ)』 スターリングシルバー ティースプーン with ブリティッシュ シルバー ホールマーク
長さ 10.9cm、重さ 14g、ボール部分の長さ 3.5cm、柄先の飾り直径 1.9cm、1925年 シェフィールド アセイオフィス、l千八百円 1925年作は三本あります。
今から百年近く前に作られたスターリングシルバーのティースプーンです。 かなりな古さの銀ではありますが、コンディションがよろしくて、綺麗なアンティーク シルバーと感じます。 

ブリティッシュ シルバー ホールマークのデートレターから読み取れる製作年は1925年です。 1925年作は同等なコンディションの銀スプーンが三本あります。

柄先の飾り部分は直径は2センチほどありゴージャスな雰囲気に仕上げっています。 この飾り部分の大きさもあって、銀が多めに使われていることから、揩ソはかりは14グラムと、けっこうな銀の重さになっているようです。

英国ライフル協会の関連アンティークと思われ、ハンドル表側の中ほどには『LOOK FORWARD (前を見よ)』という言葉のレリーフがあります。 「LOOK FORWARD」というポジティブな言葉の響きに好感が持てました。 

ハ真O番目に見えるように、ボール裏面には四つのブリティッシュ ホールマークが刻印されています。 ホールマークは順にメーカーズマーク、シェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そしてデートレターです。 

それから、柄の裏面に見える数嘯ヘデザイン登録の番号で、「RD No. 502958」とあります。 イギリスのパテントオフィスに登録して、特許を取ったことが示されています。

ハ真のアンティーク シルバーの作り手が、このデザインをパテント登録オフィスに持ち込んで、わざわざ特許申請をしていることから考えても、ほぼ一世紀の昔に、ゥ信を持って世に送り出した意匠の一つだったろうと理解できます。

ハ真の品の場合はブリティッシュ シルバーホールマークの刻印がありますので、製作年の特定が出来るわけですが、このデザイン登録番号をたどっていっても、やはり1922年から数年前の登録年にたどり着けるはずです。 このアンティーク シルバーには製作年を示す手掛かりが多く残されており、こういうことが可能なのは、過拒料の整っている英国アンティークならではの面白さの一つであろうとも思うのです。
『LOOK FORWARD (前を見よ)』 スターリングシルバー ティースプーン with ブリティッシュ シルバー ホールマーク


No. 18795 『LOOK FORWARD (前を見よ)』 スターリングシルバー ティースプーン with ブリティッシュ シルバー ホールマーク
長さ 10.9cm、重さ 14g、ボール部分の長さ 3.5cm、柄先の飾り直径 1.9cm、1927年 シェフィールド アセイオフィス、l千八百円 1927年作は一本あります。
今から百年近く前に作られたスターリングシルバーのティースプーンです。 かなりな古さの銀ではありますが、コンディションがよろしくて、綺麗なアンティーク シルバーと感じます。 

ブリティッシュ シルバー ホールマークのデートレターから読み取れる製作年は1927年です。 

柄先の飾り部分は直径は2センチほどありゴージャスな雰囲気に仕上げっています。 この飾り部分の大きさもあって、銀が多めに使われていることから、揩ソはかりは14グラムと、けっこうな銀の重さになっているようです。

英国ライフル協会の関連アンティークと思われ、ハンドル表側の中ほどには『LOOK FORWARD (前を見よ)』という言葉のレリーフがあります。 「LOOK FORWARD」というポジティブな言葉の響きに好感が持てました。 

ハ真O番目に見えるように、ボール裏面には四つのブリティッシュ ホールマークが刻印されています。 ホールマークは順にメーカーズマーク、シェフィールド アセイオフィスの王冠マーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そしてデートレターです。 

それから、柄の裏面に見える数嘯ヘデザイン登録の番号で、「RD No. 502958」とあります。 イギリスのパテントオフィスに登録して、特許を取ったことが示されています。

ハ真のアンティーク シルバーの作り手が、このデザインをパテント登録オフィスに持ち込んで、わざわざ特許申請をしていることから考えても、ほぼ一世紀の昔に、ゥ信を持って世に送り出した意匠の一つだったろうと理解できます。

ハ真の品の場合はブリティッシュ シルバーホールマークの刻印がありますので、製作年の特定が出来るわけですが、このデザイン登録番号をたどっていっても、やはり1922年から数年前の登録年にたどり着けるはずです。 このアンティーク シルバーには製作年を示す手掛かりが多く残されており、こういうことが可能なのは、過拒料の整っている英国アンティークならではの面白さの一つであろうとも思うのです。
『LOOK FORWARD (前を見よ)』 スターリングシルバー ティースプーン with ブリティッシュ シルバー ホールマーク




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