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アンティーク新着品 その1


7/16
西洋骨董 菓子Battingbergs cake
この記事はランキング上位に入りました!
BBCの人気料理勝ち抜き番組 The Great British Bake Off お題にも選ばれ、イギリス人なら誰もが知っていますが、少し手が込んでいるのでホームメイドには上がってこない不思議なお菓子です。

Twitter:
https://twitter.com/igirisumonya/status/1018508769091837952

No. 20069 ヴィクトリアン スターリングシルバー シリング銀貨 with エナメルワーク ペンダントヘッド
直径 2.35cm、厚さ 1mm強、重さ 6g、銀貨の鋳造年 1890年、一万三千円

この品はラッキーシリングものの一つとなります。 ヴィクトリア時代のシリング銀貨にエナメル細工を施して、縁起物アクセサリーとして作られたものでしょう。 銀貨の周りのフレームには「SILVER」の刻印があって、全体が純銀製のアンティーク シルバー ジュエリーです。

シリングという貨幣単位はイギリスの旧通貨制度に由来していて、今ではもう使われていないので、ノスタルジックな響きにも惹かれます。

写真二番目に見えるように、表に描かれているのはヴィクトリア女王の横顔です。 

クイーン ヴィクトリアが若干18歳の若さで英国王位を継承したのは1837年のことで、この年から六十余年に及ぶヴィクトリア時代が始まりました。 ヴィクトリア女王は在位期間が長かったことと、その時代は英国の国力が格段に伸張した時期と重なっていた為に、イギリス史の中でも特にポピュラーな国王となりました。

裏面にはヴィクトリア女王時代に好まれたシールドリバースのデザインに採用されています。 描かれているのは、右上にライオンの立ち姿でライオンランパント、左下にはハープクラウンド、そして三頭のライオンは『ライオンハート(獅子心王)』の愛称で知られる12世紀の英国王リチャード一世時代からのエンブレムです。 

エナメルワークとは日本語で言うと「七宝焼き」のことで、金属にガラス質の釉薬を焼き付ける装飾技法です。 元々は古代エジプトに起源を持ちますが、奈良時代には日本にも伝来しました。 その後、七宝焼きは日本で技術的な発展を遂げ、ヴィクトリア時代の英国では、逆に日本の技術が大いに研究もされました。 

『裸の王様』、『みにくいアヒルの子』、『人魚姫』などで有名なアンデルセンの作品の中に、19世紀半ばに書かれた『シリング銀貨』というおとぎ話があります。 外国旅行に出かけた英国紳士の財布にあった一枚のシリング銀貨が、異国の地で財布からこぼれてしまい、いろいろな人たちを巡りめぐって、最後には元々の持ち主であった英国紳士のもとに戻ってくるというストーリーです。 

物語の中で、シリング銀貨に穴をあけて糸を通し「Lucky Shilling」として身に着けるという話が出てきます。 シリングは大き過ぎず、小さ過ぎず、ペンダントヘッドにちょうど良いサイズであることと、シルバーという素材は幸福に通じることから、遠いヴィクトリアンの時代よりラッキーシリングとして好まれてきた背景があるようです。 

写真のようなアンティークが作られた背景が分かって興味深いので、岩波文庫にありますアンデルセン童話集も合わせて読んでみてください。

ポワロ シリーズの『Murder in The Mews』を見ていたら、ジャップ警部と事件を目撃した男の子のあいだで、こんな会話がありました。

ジャップ警部:「Here you are, my boy, here's sixpence for you.」
男の子:「Very kind, sir, but you couldn't make it a shilling, could you?」
ジャップ警部:「Go on. Clear off.」

昔のイギリスでは貨幣体系がややこしくて、分かりにくいのですが、ちょっと知識があればフムフムとすっきり楽しめます。

シリング銀貨は12ペンスにあたりました。 つまりは、ジャップ警部が目撃証言をしてくれた男の子に、ご褒美として六ペンス銀貨をあげたら、男の子が、ありがとうとお礼を述べながらも、できれば倍額のシリング銀貨をもらえまいか?と言って、ジャップ警部に調子に乗るなと追い払われている場面です。

ヴィクトリアン スターリングシルバー シリング銀貨 with エナメルワーク ペンダントヘッド(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)ヴィクトリアン スターリングシルバー シリング銀貨 with エナメルワーク ペンダントヘッド(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 20136 エドワーディアン アイビーモチーフ スターリングシルバー クロス with ブリティッシュ ホールマーク
クロス本体の縦(丸い留め金含まず) 3.2cm、横 1.9cm、厚さ 2mm、1907年 チェスター アセイオフィス、一万七千円

アイビーのハンドエングレービングが特徴的なエドワーディアン スターリングシルバー クロスです。 ホロー(中空)構造をしていて、かなり立体感があり、手にしてみると厚みを感じるクロスに仕上がっています。 

アイビーの輪郭は手彫りの彫刻がかなり深くて、ブライトカット様の光の反射をもたらして綺麗です。 基本デザインとは対照的に、背景部分のシェードをかけた彫りは大変な細かさになっています。 ルーペで詳細に見ていくと、ハンドエングレービングとしては限界的な職人技が施されているのが分かり、より楽しめるエドワーディアン アンティークであることがお分かりいただけると思います。 

アイビーは蔦がしっかりと絡まることから、Fidelity(忠実ないしは誠実)、Friendship(友情)、あるいはMarriage(結婚)を象徴するモチーフとされます。 そしていつも緑であることから、Immortality(不滅)や Eternal Life(永遠の魂)を表すクリスチャンモチーフともなっています。 

四つのブリティッシュ ホールマークがすべてしっかりと深く刻印されているのは、このアンティークの好ましい特徴といえましょう。 写真三番目に見えるように、ホールマークは順にメーカーズマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、チェスター アセイオフィスのマーク、そして1907年のデートレターになります。 

チェスター アセイオフィスというのも、希少性があってポイントとなりましょう。 英国各地のアセイオフィスで検定を受けた金銀製品のおそらく9割以上は、ロンドン、シェフィールド、バーミンガムのいずれかの品で、チェスターは数が少ないのです。 

写真三番目のように、チェスター アセイオフィスのシティーマークがくっきりと読み取れます。 チェスターのマークは「Three Wheat Sheaves(三つの麦束)」と呼ばれ、1686年から使われてきたものですが、1962年にチェスターアセイオフィスが閉鎖となったので、今はもうありません。

ウィート シーフ(麦束)とは、豊穣、生産力(Fecundity)、肥沃さ(Fertility)のシンボルで、英国ではラッキーモチーフとして好まれる縁起物です。 そもそも小麦はギリシャ神話に出てくる「農業、豊穣、結婚の女神デーメーテール」を象徴しています。 以前にミントン美術館で見た「ウィート シーフを抱えた少女の絵皿」にとても惹かれ、この少女の顔立ちはデーメーテールを意識したのかしらと、妙に気になったのを覚えていて、それ以来どうも私はこのウィート シーフというモチーフに惹かれるのです。

ミントンの絵皿とウィート シーフについて、「英国アンティーク情報」欄の「13. 英国陶器の街、ストーク オン トレント」の解説記事に写真がありますのでご参考まで。

英国でアンティークという言葉を厳密な意味で使うと、百年以上の時を経た品物を指します。 このシルバークロスが作られたのは1907年ですから、晴れて正式な‘アンティーク’に昇格している品ということになります。 日本でいえば日露戦争が終わった頃、かなり古いことがお分かりいただけましょう。 

明治39年(1906年)には夏目漱石の『草枕』が出ております。 東京を離れた温泉宿で非人情の旅をする画工の話ですから、当時の社会情勢がメインテーマではありませんが、それでも、出征していく若者を見送ったり、日露戦争や現実社会の影が背景に見え隠れしています。 昔の時代に思いを馳せるアンティークな資料として、同時代の銀クロスを傍らに置きながら、あらためて読んでみるのも楽しいと思います。

そして、写真のエドワーディアン アンティーク シルバーが作られた少し前には、夏目漱石がロンドンに留学しています。 当時のイギリスの様子は以下の解説記事もご参考ください。
45. 夏目漱石のイギリス留学、アーツ・アンド・クラフツ ヴィクトリアン シェイクスピア本、そして漾虚集(ようきょ集)

一言に百年といっても、やはりそれだけの時の経過は大変なことと思います。 ちなみにこの頃の歴史年表を眺めてみますと、1910年:エジソンが電球を発明とか、1912年:タイタニック号氷山に衝突して沈没とか、ずいぶん昔のことなのです。 このアンティークが作られた時代というのは、電灯もなかった時代なわけで、こうしたアンティークを手にしながら、その昔の時代に思いを馳せるのはアンティーク好きの楽しみでありましょう。

最後になりましたが、イギリスのアンティーク シルバーを手にする大きなメリットの一つに、刻印されたデートレターを判読することによって、アンティークの製作年を一年刻みで特定できることがあります。 英国のホールマーク制度は、その歴史の長さ、制度の継続性、シルバースミスへの徹底の度合い等すべての面で欧州諸国の中でもピカイチなのです。

これは、一つには英国人の国民性によるところが大きいように思います。 博物学を発展させてきたイギリス人は、物事を整理分類するのが大好きで、500年以上にわたりホールマーク制度を維持し発展させてきました。

欧州諸国のホールマークは、ある特定の時代だけだったり、市場が小さく制度が徹底されていなかったりと不備なことが多いようです。 また旅してみると感じるのですが、欧州人にも気質の違いがあって、偏見かも知れませんが、同じことをイタリア人やスペイン人に要求しても、無理な感じがしないでもありません。

『International Hallmarks on Silver』という本を使うと、過去数百年にわたって各国のシルバーホールマーク体系が概観できます。 ざっくり申し上げると、北欧やオランダのホールマーク体系はイギリス寄りで比較的しっかり出来ていて、ラテン系の南欧諸国はちょっとゆるいといったところでしょうか。

エドワーディアン アイビーモチーフ スターリングシルバー クロス with ブリティッシュ ホールマーク(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)麦束:縁起物(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)




銀スプーンだと アイスクリームが美味しいわけ。
柄の近傍が低温になり、露点温度に達して水蒸気が凝結、露が生じます。
この過程が急速で、なおさらアイスクリームが冷たく、美味しく感じられます
銀のスプーンが、アイスクリームを美味しくするわけ(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)
Twitter:https://twitter.com/igirisumonya/status/1018422199013736448




銀スプーンでアイスを食すと、柄を通じて冷たさが指先に急速にきます
熱伝導率が高い為、冷たさも急😊
熱伝導率(単位: W・m-1・K-1)
#銀420 #金320 #アルミ236 #鉄84 #ステンレス20
全ての金属で最高の熱伝導率を有する銀の特性、銀ファンは覚えておこう。
銀のスプーンが、アイスクリームを美味しくするわけ(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)
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No.20142 リボン飾りと小花の刺繍、イギリスで探したアンティーク クロース
楕円の長径 49.5cm、短径 33.5cm、リボン飾りの横長 12.0cm、エドワーディアン頃から1930年代あたりの英国製、四千円

丁寧な仕事です。 リボンと小花が可愛らしくて惹かれました。

このタイプのリボン飾り、アンティークシルバーの分野でも見かけます。

イギリスではヴィクトリアン末からエドワーディアンにかけて第一次の流行りがあったと思います。

アンティーク クロース専門のイギリス人コレクターから譲ってもらいました。

このリボン飾りについて少し考えてみたいことがあります。二十一世紀に暮らす日本人の私たちは、この装飾を見て、リボンがクルッとかかって、かわいいなと思われるでしょう。しかしながら、この品が使われていた一世紀ほど前に、当時の日本人が見たとしたら、そう簡単にはピンと来なかった可能性が高いのです。

その手掛かりは朝日新聞に1908年に連載された夏目漱石の『三四郎』にあります。第二章の最後に以下の一節がありますので、まずは読んでみましょう。

『四角へ出ると、左手のこちら側に西洋小間物屋(こまものや)があって、向こう側に日本小間物屋がある。そのあいだを電車がぐるっと曲がって、非常な勢いで通る。ベルがちんちんちんちんいう。渡りにくいほど雑踏する。野々宮君は、向こうの小間物屋をさして、
「あすこでちょいと買物をしますからね」と言って、ちりんちりんと鳴るあいだを駆け抜けた。三四郎もくっついて、向こうへ渡った。野々宮君はさっそく店へはいった。表に待っていた三四郎が、気がついて見ると、店先のガラス張りの棚に櫛だの花簪(はなかんざし)だのが並べてある。三四郎は妙に思った。野々宮君が何を買っているのかしらと、不審を起こして、店の中へはいってみると、蝉(せみ)の羽根のようなリボンをぶら下げて、
「どうですか」と聞かれた。』 (以上、引用終り)

四つ角というのは本郷三丁目の交差点で、向こう側の日本小間物屋というのは、「本郷も兼安までは江戸のうち」の川柳で有名な兼安を指しています。「蝉(せみ)の羽根のようなリボン」という表現は、すさまじい感じで、リボンを見たことがない人にも、リボンがなんたるか説明したい漱石の親切でしょう。

『三四郎』を今読むと、なんともノスタルジックで、アンティークな読み物と感じますが、朝日新聞に連載された頃はトレンディー小説だったわけで、当時の先端事情が物語の背景にあります。

小説の中で、野々宮さんがリボンを買いに、交差点を渡って、向こう側の日本小間物屋に行っていることがポイントです。明治終わり頃まで日本には国産リボンはありませんでした。リボンは西洋からの輸入品で、殖産興業の観点から高率な関税がかけられ、簡単に手に入る品物ではなかったのです。 

ところが、ようやく国産リボンの生産が始まったのが、ちょうど『三四郎』の時代でした。ですから、野々宮さんは西洋小間物屋ではなく、日本小間物屋でリボンが買えたわけです。国産リボンが出始めて間もない時代であったので、トレンディーでない普通の読者向けには「蝉(せみ)の羽根のような」という説明も必要だったと思われます。

リボン飾りと小花の刺繍、イギリスで探したアンティーク クロース(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)リボン飾りと小花の刺繍、イギリスで探したアンティーク クロース(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 20144 一粒パール入り 9カラット ローズゴールド ランタン型 ピアス with ブリティッシュ ゴールド ホールマーク
ランタン本体の縦長 7mm、ランタンの最大横 6mm、留め具を含む縦長 2.25cm、一粒パールの直径 3mm、1979年 ロンドン アセイオフィス、二万一千円

今から四十年近く前に作られた9カラット ゴールド ピアスです。 おそらく、あまり使われることなく現在に至っているようで、コンディションがよろしいのはグッドです。

ランタンの中には一粒パールが入って、灯火となっています。 写真六番目は英国の街路灯でありますが、このフォルムはヴィクトリアン以来の伝統でもあり、英国風なデザインと言ってよさそうです。

もう一つ、オックスフォードの街角で見かけた街路灯
https://www.instagram.com/p/BMIFFdxhB24/?taken-by=igirisumonya

9カラットゴールドは金含有量が37.5%の合金ですが、金以外には銅を多く含む場合には、その色あいは赤みがかかっていて、イギリスではローズゴールドと呼ばれます。 英国にはバラの花が好きな人たちが多いので、ゴールドにおいてもローズゴールドが好まれるのでは?と思えます。 金純度の高いイエローゴールドよりも、温かみがあってVery Britishな装飾素材と思います。

留め具部分にはブリティッシュ ホールマークがしっかり深く刻印されているのがポイントです。 ホールマークから製作年がきっちり決められるところが、イギリスのゴールドアクセサリーの優れた特徴と考えます。 ホールマークを読み取ると、作られたのは1979年のことで、これは、まずまずの古さと思います。

写真二番目に見えるように、ホールマークは左から順に9カラットゴールドを示す王冠と「375」マーク、ロンドン レオパードヘッド、1979年のデートレター、そしてメーカーズマークになります。 

左から三番目に見えているのが、ロンドン アセイオフィスでゴールド検定を受けたことを示すロンドン レオパード ヘッドの刻印です。 英国王エドワード三世(治世1327年-1377年)が、ロンドンで作られる金銀製品に対して、そのクオーリティーを保証する刻印制度を導入せよと、ゴールドスミス ギルドに命じて、採用されたのが『ロンドン レオパードヘッド』の刻印なのです。 650年の長きにわたる伝統の刻印であって、よく知られているライオンパサントの刻印よりも、長い歴史的背景を持っています。

六百年、七百年と伝統を守って続けていくのは、実際のところ、大変なことだと思いますが、こういうのが得意なのがイギリス人。 写真のゴールドを手にして、ルーペを使って、ゴールドホールマークを眺めていると、英国風というか、英国人気質というか、そういうものが伝わってくるのが嬉しいです。

ちなみに、『ロンドン レオパードヘッド』には、その表情やフォルムに歴史的変遷があって、詳しく調べて研究している人もいます。 書物の一部が写真四番目です、ご参考まで。

一粒パール入り 9カラット ローズゴールド ランタン型 ピアス with ブリティッシュ ゴールド ホールマーク


No.20127 透かしクロス スターリングシルバー インゴット ペンダントヘッド SOLD
インゴット本体の縦(留め具含まず)3.0cm、横の長さ 2.0cm、厚み 1.5mm、重さ 11g、銀円環を含む縦長 3.65cm、一万一千円SOLD

透かしのクロスが特徴的な、スターリングシルバー インゴットタイプのペンダントヘッドです。 取り付けられた銀円環は太さが2ミリ強もあって、屈強な感じです。

デザインとしては、インゴットタイプでありながら、クロスでもあるところがグッドです。

写真一番目に見えるように、UNITED COLORS OF BENETTONの後には、MADE IN ITALYの文字があって、スターリングシルバー素材を示す「925」刻印があります。

さらに、その下の列に並んでいるのは、ブリティッシュ シルバー ホールマークで、ホールマークは順にメーカーズマーク、スターリングシルバーを示す「天秤に925」のコモンコントロールマーク、もう一つスーターリングシルバーを示す「925」マーク、そしてバーミンガム アセイオフィスのアンカーマークです。

『私はキリスト教の信仰者ではありませんが、何故かクロスにとても惹かれます。』というお便りをいただきました。 

英吉利物屋ではアンティークのクロスを扱っておりますので、関心のある方から、そういうお話があるのは珍しいことではないかも知れません。 けれども、クロスに惹かれるという話はこれが初めてというわけでなく、多くの方からお聞きしてきましたし、私もそう感じることがあるので、なぜだろうかと考えたくなるのです。

英国アンティーク情報欄にあります「40. 何故かクロスにとても惹かれます。 その理由を英吉利物屋風に考えてみました。」をご覧いただければ幸いです。

ところで、写真のような銀はいつどこで出来たのでしょうか。
石見銀山とか聞いたことあるし、地球の内部で出来たのだろうと思いがちですが、それは違います。 地球のようなヤワな環境では銀は生まれません。 太陽の中でさえ銀は生まれません。もっと大きい星が必要です。 遠い昔に宇宙で起こった超新星爆発の途方もないエネルギーの中で銀ができたのです。 

だから、写真の銀が出来たのは、地球が生まれるよりもずっと前のことです。 そして、運が良ければ、もうすぐ銀が生まれる大イベントが目撃できるかもしれないと言われています。 オリオン座の一等星ベテルギウスの大爆発がいつ起こってもおかしくない時期に差し掛かっているからです。 

ベテルギウスの寿命は一千万年、そしてそろそろ一千万年が過ぎようとしています。 ただし、誤差としてたったの0.1%爆発時期がずれたとしても、それは一万年、人間にとってはどうしょもないほど長い年月になっちゃいます。 だから運がよければ。。

透かしクロス スターリングシルバー インゴット ペンダントヘッド(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)透かしクロス スターリングシルバー インゴット ペンダントヘッド(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)透かしクロス スターリングシルバー インゴット ペンダントヘッド(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)





No. 20041 透かしハート シルバーフレーム ジョージ五世 3ペンス銀貨 ペンダントヘッド
ハート横幅 2.5cm、ペンダントヘッド最大厚み 3.5mm、重さ 5g、銀貨は1922年鋳造、チェーンは付属しません、一万三千円

ウェーブパターンの透かしハートが美しく、銀のやわらかな輝きに惹かれる 『数字の3に王冠 &英国王ジョージ5世 3ペンス銀貨 ペンダントヘッド 』です。 透かしフレームにホールマークはありませんが、フレーム素材も銀で間違いないでしょう。

中央に見えるのは1922年の3ペンス銀貨です。 コインの表には英国王ジョージ5世の横顔、裏面は数字の3に王冠デザインです。 

波模様のウェーブパターンは、Continuation(続いていくこと)や Eternity(永遠)を象徴するクリスチャンモチーフで、ヴィクトリアンやエドワーディアンの時代に好まれ、現在に至っています。

また、ハートは現代でも馴染み深いデザインですが、その歴史をたどりますと、英国におけるハートのモチーフはジョージアンの頃登場し、ヴィクトリア期に大流行した経緯があります。

イギリスでは銀貨のペンダントヘッドを時に見かけます。3ペンスは直径1.6センチと小さいですが、やはり銀貨であるところは嬉しいものです。遠い昔の銀貨というのは、なんというか、トレジャーハントに通じるロマンを感じます。

ジョージ五世は1910年から1936年までの英国王で、その王妃がドールハウスでも有名なQueen Maryです。 メアリー王妃はアンティークや刺繍が趣味の奥方でした。 

「3」という数、日本でもそうだと思いますが、英語ではラッキーナンバーに通じるものがあって、縁起物ではよく出会う数字です。 ホースシューでご紹介したことがある「Three Horseshoes」もそうですし、チェスター アセイオフィスの「Three Wheat Sheaves(3つの麦束)」も同様でしょう。 

キリストが生まれた時に訪ねてきたという「東方の三賢人」の例もあります。 マクベスの「Three Witches」はどうでしょうか、これはなにかと「3」だと、おちつきがよいということかも知れません。 日本でも「三度目の正直」、「仏の顔も三度」、「二度あることは三度ある」など馴染み深いもので、「3」にこだわる意味合いには納得感がありそうに思うのです。

百年以上昔の世界では、金貨や銀貨が貨幣の中核を担っておりました。当時の通貨制度とはどんなものだったのか、もう少し考えてみましょう。

ヴィクトリア時代にはクラウン銀貨、ハーフクラウン銀貨、シリング銀貨、六ペンス銀貨、三ペンス銀貨が流通していました。 ここで1クラウンは5シリング(=0.25ポンド)にあたります。上位三つの銀貨について、それぞれの重さはクラウン銀貨28.28グラム、半クラウン銀貨14.14グラム、シリング銀貨5.66グラムです。 すなわちクラウン:半クラウン:シリング=5:2.5:1の関係がありました。六ペンスと三ペンスも同様な重さと価値の関係があります。つまりは、ヴィクトリア時代のマネーは銀の重さによって、その価値が直接保証されていたのです。

さらに、高額貨幣であった金貨を通じて外国との関係を見てみましょう。 ヴィクトリア時代のイギリスでは、1ポンドの英国金貨は7.32グラムのゴールドとして定義されました。 そして米国の1ドルは1.50グラムのゴールドと1837年に決められました。 そうすると、金本位制を採用する英米二国間においては、1ポンドが4.88ドルとなって為替レートは固定されます。

この金本位制の仲間に、マルクやフランや円も加わることによって、国際金本位通貨体制が出来ていました。 ノーベル経済学賞のマンデル教授は、その本質を分かりやすく表現しています。「国際的な金本位制のもとでは、ポンド、フラン、マルク、円、ドル等々は、特定の重さのゴールドの名前にすぎない。」 全くこれは分かりやすいし、言い得て妙だと思います。

現代では主要な通貨間では変動為替相場が一般ですが、ヴィクトリア時代の国際社会においては、ゴールドをアンカーにした固定為替相場がスタンダードであったのです。 

そして、イギリスにおいては、その1ポンド金貨を起点にして、0.25ポンドにあたるクラウン銀貨から三ペンス銀貨までの価値は銀の重さで担保されていました。

透かしハート シルバーフレーム ジョージ五世 3ペンス銀貨 ペンダントヘッド(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)透かしハート シルバーフレーム ジョージ五世 3ペンス銀貨 ペンダントヘッド(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)




No.20071 エルキントン アール・ヌーボー リリーパターン ヴィクトリアン シルバープレート テーブルフォーク with コート オブ アームズ(ウィング紋章) 一部 SOLD
長さ 21.6cm、重さ 74g、柄の最大横幅 2.7cm、柄の最大厚み 4mm、1879年 エルキントン作、一本 七千円(10本あります-->8本あります-->5本あります)

このアンティークを見る五つのポイント
一、明治新政府の岩倉使節団が訪れた有名銀工房エルキントン製
二、アール・ヌーボーの先駆けとなったリリーパターン
三、1879年作と特定できること
四、柄先に彫られたウィングの紋章
五、相当量の銀が使われていること。


かなり大きなアンティーク フォークです、現代的な使い道としてはパーティーのときのサーバーとされるのもよいでしょう。

素材は厚めで質感があり、すべてしっかり出来たところが好ましい、おすすめ出来るヴィクトリアン シルバープレート テーブルフォークです。 そして、アール・ヌーボーの時代を先駆けたリリーパターンというのはやはり大きなポイントでありましょう。 

写真四番目をご覧いただくと、エルキントンのマークが並んでおりますが、左から二つ目に見える四角に「T」のマークが、1879年作であることを示す刻印で、これはエルキントン独自のデートレター システムによっています。 シルバープレートの品においては、その大半が、もっと言えばおそらく99%以上の品では、製作年を特定することは出来ません。 エルキントンの品であっても、デートレターのある場合と、ない場合があります。

そうした事情にあって、1879作と特定できる写真のフォークは、アンティークとしてめったにない優れた特徴を有していると言えましょう。
歴史年表を眺めると、1879年 エジソンが電球を発明とか、1877年 西郷隆盛の西南戦争など、かなり古いと分かります。

長さが22センチほどあります、まあ、本当に大きいです。 ヴィクトリアンのテーブルフォークはこんなにでっかいのかとビックリするのもアンティークの楽しみでありましょう。


エルキントンについては、以下もご参考ください。

エルキントン社のシルバープレート技術と明治新政府の岩倉使節団
Punch:1873年2月2日号』 ヴィクトリアンの英国を伝える週刊新聞


ゆりモチーフのレリーフが華やかで、その優雅な曲線デザインが目を惹きます。 両面に見えるデザインの特徴から「Lily pattern(ゆりパターン)」と呼ばれます。 キングスパターンやフィドルパターンといったメジャーなパターンではなく、マイナーパターンの一つなので、アンティーク シルバーウェアの参考書では紹介されることがあっても、実際に見かける頻度はそう多くありません、その意味でもレア物アンティークの一つ言ってよいでしょう。 

アール・ヌーボーの歴史を紐解くと、ゆりデザインは大きな役割を果たしてきました。 「Lily pattern(ゆりパターン)」は、エルキントンという有名どころのシルバースミス(銀工房)が、1850年に考案しデザイン登録したのが始まりです。 そしてChawner & Co.のパターンブックでは 「Lily pattern」と名前が付けられて、世に知られるようになった経緯があります。 ヴィクトリアン中期のNaturalism(自然主義)を代表するデザインで、アール・ヌーボーにダイレクトな影響を与えたデザインと言われます。

柄先にはウィングの紋章があり、どこかのマナーハウスで使われていたものと思います。

紋章の基礎知識について、少しお話しましょう。 一般に紋章はコート オブ アームズと言うのが正式です。 クレストという言葉もありますが、クレストとは紋章の天辺にある飾りを言います。 紋章の各部分の名称として、例えば英国王室の紋章の両サイドにいるライオンとユニコーンの部分をサポーターと言い、中央の盾状部分をシールドまたはエスカッシャンと言います。 さらに細かく言うと、写真のフォークに刻まれた紋章では下に棒状の飾りが見えますが、これはクレストの台座であって、リースと呼ばれます。

ただし、紋章のすべてを描いて使うのは、大掛かり過ぎるので、その一部をもって紋章とされることも多く、中紋章とか大紋章という言い方もあります。 しかし、その区別は厳密でないので、紋章の一部をもってコート オブ アームズという言い方をしても差し支えありません。

コート オブ アームズ(=紋章)を使っていた人々とは、どういう階層の人たちであったのか、考えてみました。

コート オブ アームズの体系化や研究は、イギリスにおいて九百年ほどの歴史を持っており、紋章学(Heraldry)は大学以上の高等教育で学ぶ歴史学の一分野となっています。 中世ヨーロッパにおいては、多くの国々に紋章を管理する国家機関がありました。 今ではなくなっているのが普通ですが、面白いことにイギリスでは紋章院がまだ活動を続けています。

今日のイギリスは品のよい国のように見られることが多いですが、その歴史を紐解きますと、節操のないことで名高い時代も長くありました。 キャプテン・ドレークは世界を航海して略奪をきわめて、当時の国家予算に匹敵するほどの金銀財宝を奪って帰ってきたので、エリザベス一世から叙勲を受けました。 お金がすべてという傾向は、紋章院においてもあったようです。

紋章学や紋章院の働きについて書かれた本が、『HERALDRY IN ENGLAND』(Anthony Wagner著、Penguin Books、1946年刊)です。

この本によりますと、紋章院が認めてきたコート オブ アームズは四万あるとのこと。
一方で英国の王侯貴族にあたる家柄は千足らずとなっています。

この数字のバランスから分かることは、第一にコート オブ アームズは王侯貴族だけのものではないこと。 第二に、そうは言っても、代々伝わるコートオブアームズがある家系は、英国の中でも数パーセントに過ぎず、その意味で日本における家紋とはだいぶ違っていること。

産業革命が進行して、新興富裕層が厚くなってきたのがヴィクトリア時代の初め頃になります。 当時の富裕層はコート オブ アームズを求めましたし、また求めれば手に入る性質のものであったようです。



フォークについて言いますと、普段使いで純銀製のフォークをお使いいただくと、歯先が曲がったりして、残念なことが起こりがちであります。 

銀という素材はやわらかく、スターリングシルバーは銅を混ぜて100%銀よりはずいぶんと硬い素材にはしてあるのですが、それでも、フォークの歯先やナイフの刃先として使うには、まだ強度が足りず、よほどの注意が必要になってきます。 そのあたりが、スプーンに比して、ナイフやフォークに全銀製が少ない理由となっています。

エルキントンのこのレベルの品では、テーブルスプーン一本あたりに2gから3gの純銀を使って、エレクトロプレートが施されています。 小さな純銀インゴット型ペンダントヘッド一つで、テーブルスプーン二本程度の割合ですので、エレクトロシルバープレートとは言っても、相当量の銀が使われているなあと、私は感じます。 そのことは手にとって眺め、触ってみると、実感として伝わってきます。 

加えて、実際のところ、歯先は硬いので、気にしながら使う必要はなく、普段使いには最適だろうと見ております。

なんといっても、英国シルバープレート品にあって、エルキントンはビックネームなので、贔屓目もあるかも知れませんが、裏面のメーカーズマークも格調高く、やはりシルバープレートの仕上がりもよいですし、メーカーのよさを感じます。

アンティークとしてかなり見所の多いよい品と、私は思っているのですが、お求めいただいたお客様から、実際に使ってみてのご感想をいただきました。 掲載許可をいただきましたので、ご参考ください。

以下がお客様からのご感想です。

『リリーパターンのフォークを見た時にはこれだと思ったのです。 対のテーブルウェア、それも歴史のあるもの、美しいもの、見た目にも触っても心地よいもので食事をするのは、これ以上無く贅沢な時間です。 100年の季を経てもなお艶やかなフォークとスプーンは、余計な物をそぎ落としたシンプルなデザインが、その存在全体を完全なものにしているように感じます。 

もちろん、見て楽しむだけでもいいのでしょうが、使うために作られたテーブルウェア、使ってこそその良さがわかります。 当時のイギリスでパスタを食べたかどうかはわかりませんが、このスプーンとフォークで食べるパスタは格別で、偏屈な夫が珍しく「おいしい」と何度も言いました。 このスプーンとフォークのお陰ではないかと思います。 

食べる時だけではありません。 洗うときも拭くときも、置いてあるときも、歴史を見てきた先輩がうちにいるような感覚、なんとも言えません。 表だけの模様ではなく裏にもさりげなく模様があって、コストカット優先の今日ではほぼ考えられない手間と材料を使って、良い物を作ろうという心はおそらく、たとえそれが生き物で無くても時を経ても宿るものなのなのかなぁと思っています。 

大切に使います。 本当に洒落た言葉の一つも書けませんが、畑様にはいつもいつも感謝しています。 ありがとうございます。』

お客様のご感想は以上でした。  S 様 ご感想いただきありがとうございます。 私はこの品をとても気に入っており、皆様にお薦めしたいアンティークと考えております。 こういった新たな視点からのインプレッションは参考になり、皆様のお役にも立とうかと思います。 ありがとうございました。 店主

エルキントン アール・ヌーボー リリーパターン ヴィクトリアン シルバープレート テーブルフォーク ペア with コート オブ アームズ(ウィング紋章)


No.20038 革張りケース入り マザー オブ パール オペラグラス SOLD
伸ばした長さ 5.6cm、縮めた長さ 4.7cm、横幅 10.4cm、鏡筒部の最大外直径 3.8cm、対物レンズ直径 2.6cm、接眼レンズ直径 1.35cm、本体の重さ 155g、1900年前後の品、二万四千円 SOLD

マザーオブ パールという素材はミルクホワイトの輝きが内側からこぼれてくるようで、光に当たると見えてくるうっすらとした虹色の輝きが綺麗です。 

マザー オブ パールの品をお買い上げいただいたお客様から、次のようなお便りをいただきましたので、ご紹介させていただきます。
『取手の白蝶貝のうっすらとした輝きがとても綺麗です。 まるで、嵐が来る前の空のようだと思いました。 上空を凄い速さで白い雲が流れていく中、時折、空全体がぱあっと明るくなる様子を髣髴とさせます。』

イギリスは一日の中でもお天気の移り変わりが激しくて、さっきまで晴れていたかと思うと、一転してにわかに雲が天を覆うことも多く、お客様からの文章にあったような光景をしばしば目にいたします。 なるほどと、マザーオブパールをとてもよく形容しているように思いました。

マザー オブ パールのオペラグラスでかなりの芸術品と思います。 飾っておいても美しく、楽しめるアンティークなオペラグラスですが、ピント合わせの操作もスムーズで実用上もよい品です。 

写真二番目に見えるように、接眼部にもマザー オブ パールが入っていて綺麗です。

観劇の季節になれば、お手元にアンティーク オペラグラスがあると楽しみも増えましょう。 また、私は自然観察用にもオペラグラスを使っています。 ちょっと散歩に出ましても、フィールドではリスが忙しそうですし、野うさぎはのんびり草を食べています。 夕方になると昼間は森に隠れていた鹿も出てきます。 庭の桜の木に餌場があり、いつも野鳥やリスがやって来て賑わいます。 オペラグラスを使うと、やはり肉眼よりよほどよく見えて楽しくなるのです。

革張りケース入り マザー オブ パール オペラグラス(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)革張りケース入り マザー オブ パール オペラグラス(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


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アンティークに記されたアドレスへ行ってみた。
この記事はランキング上位に入りました。
ボンドストリートのアスプレイに近い辺りにBurlington Gardensがあります。
このあたり、今でも感じのよい、ロンドンでもポッシュな界隈。


No. 20138 木製 額縁入り 『エンジェルヘッド』
縦 13.35cm、横 10.3cm、最大厚み 1.45cm、重さ 97g、1930年代の英国製、The Fine Arts Publishing Company Ltd作、3/5 Burlington Gardens, Bond Street, London、二万四千円

レイノルズの有名作品 『エンジェルヘッド』の複製プリントを額縁に入れた品になります。 The Fine Arts Publishing Company によるもので、1930年代あたりの品と思います。

額縁の裏面には、Title: Angels Heads、Artist: Reynolds、The Fine Arts Publishing Company Ltd とあります。

イギリス人にとって、レイノルズの『エンジェルヘッド』は、お気に入りの作品であるようで、教会関連のコモンプレイヤーやヒムスの挿絵として使われているのをよく見かけます。

もう一つ、この品の注目点は「3/5 Burlington Gardens, Bond Street, London」という裏面に記されたアドレスにあろうかと見ております。 ロンドン ボンドストリートにあるアスプレイに近い辺りにBurlington Gardensがあります。 フォートナム&メイソンの近くでもあり、ロンドン観光においでの際に、ロイヤル アカデミー オブ アーツやバーリントン アーケードを散策された方もあるでしょう。

The Fine Arts Publishing Companyは、現在ではもうなくなっておりますが、このあたりは今でも感じのよいところで、ロンドンの中でもポッシュな界隈であります。

写真をご覧になってください。 ロイヤル アカデミー オブ アーツの建物になりますが、この立派な建物のアドレスが「6 Burlington Gardens」になります。

そうしますと、写真の木製額縁入り『エンジェルヘッド』を作った The Fine Arts Publishing Companyのアドレスが、「3/5 Burlington Gardens」とありますので、ロイヤル アカデミー オブ アーツから、通りを渡ったちょうど向かい側に、店舗を構えていたということが分かるのです。

ロイヤル アカデミー オブ アーツが建築されたのはヴィクトリア時代の半ばであり、この界隈はヴィクトリア時代の昔から、ロンドンの中でもアート関連のビジネス拠点であったということでありましょう。

古いアンティークを手元で眺めて、アドレスを手掛かりにして、その品が売られていた当時の界隈の様子に想いをいたしてみる、そんな楽しみがあるアンティークです。 そして、ロンドンにおいでの際には、このアドレスへ出かけてみると、ロンドンの中でもいい場所でありますし、旅の目的や楽しみが増すことでありましょう。

木製 額縁入り 『エンジェルヘッド』 (英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)木製 額縁入り 『エンジェルヘッド』 (英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No.20143 リップスティック & ミラー、英国で見つけたコスチューム ジュエリー
長さ 5.8cm、重さ 43g、ミラーの縦横 5.7cm*1.7cm、材質 メタル、六千円

レザーっぽい表面の仕上げですが、実際にはゴールドの金属光沢が卓越してます。

角ばって重たいレトロな感じは、今のものと違って、古いものの味わいを感じます。

可動部は今でもしっかり、留め具のポッチを爪で押すと、パチンと気持ちよくミラーが開きます。

リップスティック & ミラー、英国で見つけたコスチューム ジュエリー(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)リップスティック & ミラー、英国で見つけたコスチューム ジュエリー(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)




No. 20141 デンマーク シルバーサーバー with インターレーシング ドラコンタイン ピアストワーク
長さ 25.5㎝、重さ 101g、ボール部分の直径 7.8cm、ボールの深さ 1.2cm、柄の最大幅 2.9cm、ねじれ柄の最大厚み 7.5mm、デンマーク製、1903年 コペンハーゲン、三万六千円

勇者ペルセウスがアンドロメダ姫を助けた時の悪役はドラゴンでした。St.Georgeは王様の娘をドラゴンから救ってキリスト教世界の伝説となりました。ギリシャ神話やキリスト教文化圏でのドラゴンの立ち位置が分かります。

ところが西欧の土着の人たち、例えばケルト諸族やバイキングにとっては、ドラゴンは最高のポジティブイメージ。大昔のケルト人にとってはドラゴンは種族の象徴であり、最高の意味合いがありました。

そして今でもケルトの末裔たるウェールズ国旗は赤いドラゴンです。写真は1903年にヴァイキングの国デンマークで作られた銀製サーバーです。そこで表現されているのは、ヴァイキング達のお気に入り、やはりドラゴンなのです。

百グラムを超える持ちはかりがあって、重厚な銀のサーバーです。

1)百年以上前に作られたシルバー アンティーク。
2)柄先に見られるメインモチーフが、インターレーシング ドラコンタインのピアストワーク。
3)ボール部分にたくさんのケルティック スパイラル。

以上を考え合わせると、北欧アンティークの代表格と言ってよいシルバーサーバーと思います。 写真四番目に見えるように、柄の裏面にはメーカーズマークと、デンマーク製シルバーを示すステートマークである「コペンハーゲンのスリータワー」が刻印されています。 また、全体がゴールドでギルティングされているのも豪華です。 

曲線の交差模様はインターレーシング模様と呼ばれケルティック アートでしばしば登場するパターンです。 写真二番目をよく見るとドラゴンがインターレーシング模様を形作っています、この生き物はDracontineと呼ばれ、これもケルティック アートやヴァイキング アートでしばしば登場するモチーフです。

西洋の神話においてはドラゴンは破壊的な悪い生き物として描かれることが多いのですが、大昔のケルト人にとってはドラゴンは種族の象徴であり、最高の意味合いがありました。

このインターレーシング ドラコンタイン模様は、もともとは大昔のケルティックアートに起源を持ちますが、19世紀になってからコペンハーゲンのBorgen や Christensenなどのジュエラーによってヴァイキング スタイルとしてリバイバルされ、人気を集めました。

ボール部分にはスパイラル パターンがたくさん見られます。 「Spiral=渦巻き、螺旋」というのは、とても重要なケルティックモチーフで、渦巻きは太陽を象徴し、そこからGrowth(成長)、Expansion(拡大)、Energy(活力)の意味合いが導かれます。 

ちなみに、英国においても19世紀にケルティック リバイバルが盛んになりましたが、その大御所であるウィリアム モリスは当初ヴァイキング アートに関心を持って、北欧中世の散文物語である「サガ」等も読み進むうちに、ケルティック アート全般への興味が高まっていったようです。

英国におけるケルティック デザインはヴィクトリア期にケルティック リバイバルという形で見なおされて、その後アーツ&クラフツの流れの中でも脚光を浴びて今日に至っています。

デンマーク シルバーサーバー with インターレーシング ドラコンタイン ピアストワーク(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)デンマーク シルバーサーバー with インターレーシング ドラコンタイン ピアストワーク(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No.20140 エリザベス二世 フォトブック、ロンドン近郊で見つけたコスチューム ジュエリー
縦 2.9cm、横 2.5cm、厚さ 0.6cm、ブローチ留め具の長さ3.1cm、重さ 12g、七千円

留め具の横棒部分にはQueen Elizabeth Ⅱとあります。

フォトブックの写真は16枚、女王のポートレートに始まり、結婚式の写真、乗馬の写真、、、、エリザベス女王のお若い頃の写真です。

扉を開けた裏面は、特許を取った品であると彫られていて、特許番号も記されています。

タイトルは、H.M. Queen Elizabeth Ⅱ in Picturesとあります。

最後のページには、J&S Ltdと製作者の名前と、また特許品であることの記載があります。

掲載されている16枚の写真から見て、エリザベス女王が戴冠されて間もない頃、1950年代から60年代の品であろうと思います。

エリザベス女王が戴冠されて間もない頃、こんなことがありました。

1952年12月5日、ロンドンでは折りからの寒さの中、風が止み濃い霧がたち込み始めました。 この霧はそれから3日間ロンドンを覆うことになります。 寒さで人々が石炭ストーブをどんどん焚くものですから、霧の原因となる微粒子核が撒き散らされて、霧がどんどん深くなっていったのです。 ものすごい霧で、2~3メートル先はおろか、伸ばした自分の指先さえはっきり見えなかったと伝えられています。 映画館や劇場でもドアの隙間から霧が入り込んで、スクリーンや舞台が見えず、キャンセルが相次ぎました。 そして濃霧による交通事故や不清浄スモッグによる呼吸器障害のために、ロンドンで四千人もの死者が出る大惨事となったのです。 

昔からロンドンと言えば、霧の街として有名でしたが、「Great Smog」は長いロンドンの歴史の中でも最悪の出来事となりました。 そしてこれを契機に数年後の1956年には清浄空気法が定められることとなったのです。 

石炭ストーブ時代の「Great Smog」のエピソードは今日では考えられない出来事ですが、現エリザベス女王が戴冠された頃に思いをいたす面白い手掛かりにはなるでしょう。

エリザベス二世 フォトブック、ロンドン近郊で見つけたコスチューム ジュエリー(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)エリザベス二世 フォトブック、ロンドン近郊で見つけたコスチューム ジュエリー(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)エリザベス二世 フォトブック、ロンドン近郊で見つけたコスチューム ジュエリー(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)エリザベス二世 フォトブック、ロンドン近郊で見つけたコスチューム ジュエリー(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)



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【一本ずつバラで銀スプーンを集めてよいこと】
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No. 20085 『LOOK FORWARD (前を見よ)』 スターリングシルバー ティースプーン with ブリティッシュ シルバー ホールマーク SOLD
長さ 10.9cm、重さ 14g、ボール部分の長さ 3.5cm、柄先の飾り直径 1.9cm、1922年 シェフィールド アセイオフィス、一本 四千円 (5本あります-->SOLD)

今から百年近く前に作られたスターリングシルバーのティースプーンです。 かなりな古さの銀ではありますが、コンディションがよろしくて、綺麗なアンティーク シルバーと感じます。 同様なタイプの銀スプーンがあと五本あります。

『LOOK FORWARD (前を見よ)』 スターリングシルバー ティースプーン with ブリティッシュ シルバー ホールマーク(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)



アイスクリーム より美味しくする 銀のスプーン (1) 新コーナーを開設しました。品物も毎日増やしていきます。






銀のスプーンが、アイスクリームを美味しくするわけ


アイスクリームを食べるとき、味覚のみならず、銀に伝わる涼を触覚で、露点に達する冷たさを視覚で、五感を多く使えば、それだけ美味しさが増す。銀の熱伝導率の高さが大きく関与しています。

銀のスプーンが、アイスクリームを美味しくするわけ(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 20062 マッピン・ブラザース ハンドエングレービング ヴィクトリアン シルバープレート ナイフ
長さ 20.8cm、重さ 48g、最大幅 2.55cm、柄の最大幅 1.8cm、柄の最大厚み 3.5mm、1846年から1902年までの英国製、Mappin Brothers作、七千円

ヴィクトリアン アンティークには、当時は使われていたけれども、今では役割を終えて、使われなくなっている品があります。 例えば、ブレッドフォークなどが、そういう品に当たります。 役割を終えたヴィクトリアン アンティークを、現代の暮らしの中で、今風に使ってみると、日常にあってアクセントになりますし、使えるアンティークの楽しみが増すように思います。

写真のナイフは、もともとはヴィクトリアン マナーハウスで使われていた、フィッシュイーターのセットと思いますが、今日ではフィッシュ専用のテーブルウェアはほぼ姿を消しましたし、こういった大掛かりなセットもまず見かけなくなりました。

しかし、現代人の視点から、あらためて見直してみると、重厚なヴィクトリアン アンティーク ナイフで、装飾性が高いことと、全体のフォルムのよさからみて、デスク周りに一本置いてペーパーナイフとしてお使いいただくのが、もっともしっくりするように思います。

シルバープレートのヴィクトリアン アンティークになりますが、いろいろと見所があって、お薦めできるよい品と感じます。 

元祖マッピン筋にあたるマッピン・ブラザース作のヴィクトリアン シルバープレート ナイフです。 素材が厚めで、ごっつい感じの作りは、いかにも質実剛健な英国風を感じさせてくれると思います。 柄の最大厚みは、柄元付近で3.5mmもあります。 柄先に向かって柄幅も1.8cmとビックサイズなので、百数十年前に作られたヴィクトリアン アンティークの重厚感を味わうにはもってこいです。 

写真五番目にサイドの様子を撮ってみましたので、ご覧いただくと、この品のしっかりした重厚な雰囲気がよりお分かりいただけると思います。 

写真三番目で見えるように、柄の裏面にはMAPPIN BROTHERSの刻印があります。 マッピン・ブラザースはマッピン&ウェブの本家筋にあたるシルバースミスですが、1902年にはマッピン&ウェブに吸収合併された経緯があります。 ちなみに1902年と言えば、夏目漱石がロンドンに留学していた頃です。 

シルバープレートの品なのでデートレターはありませんが、Mappin Brothers のメーカーズマークが刻印されていることから、その製作は工房が存在した1846年から1902年のほぼヴィクトリア時代と限定できること。 そして、この古い品物の背景には、マッピン・ブラザースとマッピン&ウェブのストーリーが横たわっていること。 等々を考えていきますと、こういう品にはアンティークのロマンが感じられて、とても気になるところです。

このアンティークの場合には、まずマッピン・ブラザースという名前のよさに惹かれました。 そして、シルバープレートの品ではデートレターがないのが普通で、製作年が分からないことが一般ですが、この品に関しては工房名とその存在期間から百年以上前の作と分かるところが、とても興味深いと感じております。 まさにシャーロック・ホームズの時代に使われた正真正銘のヴィクトリアン アンティークと分かるのです。

写真四番目のように、ブレードに施された彫りの様子は一本一本が微妙に違っていて、ハンドエングレービングであることが確認できます。 今日であれば機械作りが当たり前なこうした品でありましても、職人さんの手仕事から成り立っていたことは興味深く、このアンティークを生んだヴィクトリアンという時代のなせるわざと言えましょう。 

マッピン関連のアンティークを扱っていると、「Mappin & Webb」とよく似た名前の「Mappin Brothers」というシルバースミスに出会うことがあります。 まさに今回の事例になりますが。。
「Mappin Brothers」は1810年にジョセフ マッピンが創業した工房で、彼には四人の後継ぎ息子がありました。 四人は上から順にフレデリック、エドワード、チャールズ、そしてジョンで、年長の者から順番に父親の見習いを勤めて成長し、1850年頃には引退した父ジョセフに代わって、四兄弟が工房を支えていました。

ところが末っ子のジョンは、工房の運営をめぐって次第に兄たちと意見が合わなくなり、ついに1859年には「Mappin Brothers」を辞めて独立し、「Mappin & Co」という銀工房を立ち上げました。 以後しばらくの間、「Mappin Brothers」と「Mappin & Co」は「元祖マッピン家」を主張しあって争うことになります。

しかし最初のうちは「Mappin Brothers」の方が勢力があったこともあり、1863年には末っ子ジョンの「Mappin & Co」は「Mappin & Webb」に改名することとなりました。 Webbというのはジョンのパートナーであったジョージ・ウェブの名から来ています。

「元祖マッピン家」問題では遅れをとったジョンでしたが、兄たちよりも商売センスがあったようです。 スターリングシルバー製品以外に、シルバープレートの普及品にも力を入れ、目新しい趣向を凝らした品や新鮮なデザインの品を次々と打ち出し、しかも宣伝上手だったのです。 ヴィクトリアン後期には当時の新興階級の間でもっとも受け入れられるメーカーに成長し、それ以降のさらなる飛躍に向けて磐石な基盤が整いました。

20世紀に入ってからの「Mappin & Webb」は、「Walker & Hall」や「Goldsmiths & Silversmiths Co」といったライバルの有名メーカーを次々にその傘下に収めて大きくなり、今日に至っています。 

また、「Mappin Brothers」ですが、時代の波に乗り切れなかったのか、1902年には「Mappin & Webb」に吸収されてしまっています。 ただ、その頃には三人にお兄さん達はとっくの昔に引退しており、後を継いだエドワードの息子さんも引退して、マッピン家のゆかりはいなかったようです。 そうこう考えると、ジョージアンの創業で、ヴィクトリア時代に二つに分かれたマッピンが、エドワーディアンに入ってまた一つの鞘に戻れたことはよかったのかなとも思うのです。

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マッピン・ブラザース ハンドエングレービング ヴィクトリアン シルバープレート ナイフ


No. 20063 シルバープレート エッグスタンド セット
エッグカップの高さ 6.9cm、開口部の直径 4.1cm、一つの重さ 46g、一万五千円(銀スプーン4本も合わせた場合は27000円ー>24000円)

シルバープレート エッグスタンド四つのセットです。

写真四番目に見えるように、スパイクにおさまるので、四つのカップがきっちり固定されて、揺さぶっても大丈夫、オリエント急行のような食堂車でもOKです。 

デイビット・スーシェ 主演のポワロシリーズ 『オリエント急行殺人事件』を見ていましたら、エッグスタンドが登場するシーンがありました。 食堂車でポワロが「半熟タマゴを二つお願いします。きっかり同じサイズのタマゴをね。」と注文する場面です。 二つのエッグスタンドにセットされて運ばれてきた半熟タマゴの高さを測ってみるポワロの几帳面さが現れるシーンでありました。 こういう状況でも使えるエッグスタンドかなと思って見ております。


スプーンを掛けるところがありますが、スプーンは付属しておりませんので、お手元のスプーンを合わせてください。

あるいは、このセットによく合うシルバースプーンがあったので、付けてみました。
No. 20132 スターリングシルバー ティースプーン 4本セット
長さ 10.7cm、重さ 11g、ボール部分の最大幅 2.1cm、Josiah Williams & Co Ltd作、1935年 ロンドン アセイオフィス、4本で一万二千円

エッグカップセットと銀スプーン4本をまとめてお求めいただく場合は、27000円→24000円とさせていただきます。

以下も、ご参考まで。
https://ameblo.jp/igirisumonya/entry-12342383262.html

シルバープレート エッグスタンド セット(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)シルバープレート エッグスタンド セット(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)シルバープレート エッグスタンド セット(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No.20005 ヴィクトリアンor エドワーディアン ウェーブパターン スターリングシルバー クロス SOLD
クロス本体の縦(丸い留め金含まず) 2.35cm、横 1.45cm、厚さ 1.5mm、Francis Barker & Son Ltd作、ヴィクトリアン終り頃の1894年からエドワーディアンの1908年までに作られた英国製、一万一千円 SOLD

メーカーの「Francis Barker & Son」はヴィクトリア初期の1848年に、Richard Groves と Francis Barkerという二人の共同パートナーがロンドンで始めた「Groves & Barker」という工房が前身です。二人のパートナーシップは1865年に解消されましたが、同年にフランシス バーカーは息子と共に「Francis Barker & Son」として工房を引き継ぎました。エドワーディアン後期の1908年にはリミテッドカンパニーに改組され、以後1960年まで「Francis Barker & Son Ltd」の社名でゴールド&シルバースミスとして仕事を続けています。
ヴィクトリアンor エドワーディアン ウェーブパターン スターリングシルバー クロス(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 20066 エドワーディアン アイビーモチーフ スターリングシルバー クロス with ブリティッシュ ホールマーク
クロス本体の縦(丸い留め金含まず) 3.3cm、横 2.15cm、厚さ 1mm強、1903年 バーミンガム アセイオフィス、二万一千円

アイビーのハンドエングレービングが特徴的なエドワーディアン スターリングシルバー クロスです。 これまでにもいくつか似たタイプのクロスをご紹介してきましたが、持った感じのしっかりしたソリッドシルバーは、やはりいいものだと思います。 手にしてみると、銀の質感が心地よい、しっかり重厚な雰囲気のペンダントヘッドです。 今から百年以上前に作られたエドワーディアン アンティークであるところもグッドポイントです。

ちなみにソリッド(solid)とは、このクロスがホロー(中空)構造ではなくて、内部まですべてがスターリングシルバーの稠密構造であることを言います。

アイビーの輪郭は手彫りの彫刻がかなり深くて、ブライトカット様の光の反射をもたらし綺麗です。 基本デザインとは対照的に、背景部分のシェードをかけた彫りは大変な細かさになっています。 ルーペで詳細に見ていくと、ハンドエングレービングとしては限界的な職人技が施されているのが分かり、より楽しめるエドワーディアン アンティークであることがお分かりいただけると思います。 

アイビーは蔦がしっかりと絡まることから、Fidelity(忠実ないしは誠実)、Friendship(友情)、あるいはMarriage(結婚)を象徴するモチーフとされます。 そしていつも緑であることから、Immortality(不滅)や Eternal Life(永遠の魂)を表すクリスチャンモチーフともなっています。 

四つのブリティッシュ ホールマークがすべてしっかりと深く刻印されているのは、このアンティークの好ましい特徴といえましょう。 写真二番目に見えるように、ホールマークは順にメーカーズマーク、バーミンガム アセイオフィスのアンカーマーク、スターリングシルバーを示すライオンパサント、そして1903年のデートレターになります。 

英国でアンティークという言葉を厳密な意味で使うと、百年以上の時を経た品物を指します。 このシルバークロスが作られたのは1903年ですから、晴れて正式な‘アンティーク’に昇格している品ということになります。 日本でいえば日露戦争の頃、かなり古いことがお分かりいただけましょう。 

明治39年(1906年)には夏目漱石の『草枕』が出ております。 東京を離れた温泉宿で非人情の旅をする画工の話ですから、当時の社会情勢がメインテーマではありませんが、それでも、出征していく若者を見送ったり、日露戦争や現実社会の影が背景に見え隠れしています。 昔の時代に思いを馳せるアンティークな資料として、同時代の銀クロスを傍らに置きながら、あらためて読んでみるのも楽しいと思います。

そして、写真のエドワーディアン アンティーク シルバーが作られた少し前には、夏目漱石がロンドンに留学しています。 当時のイギリスの様子は以下の解説記事をご参考ください。


夏目漱石はヴィクトリア時代にロンドンで二年間暮らしておりました。 漱石のイギリス暮らしはどんな様子であったのか。


一言に百年といっても、やはりそれだけの時の経過は大変なことと思います。 ちなみにこの頃の歴史年表を眺めてみますと、1910年:エジソンが電球を発明とか、1912年:タイタニック号氷山に衝突して沈没とか、ずいぶん昔のことなのです。 このアンティークが作られた時代というのは、電灯もなかった時代なわけで、こうしたアンティークを手にしながら、その昔の時代に思いを馳せるのはアンティーク好きの楽しみでありましょう。

最後になりましたが、イギリスのアンティーク シルバーを手にする大きなメリットの一つに、刻印されたデートレターを判読することによって、アンティークの製作年を一年刻みで特定できることがあります。 英国のホールマーク制度は、その歴史の長さ、制度の継続性、シルバースミスへの徹底の度合い等すべての面で欧州諸国の中でもピカイチなのです。

これは、一つには英国人の国民性によるところが大きいように思います。 博物学を発展させてきたイギリス人は、物事を整理分類するのが大好きで、500年以上にわたりホールマーク制度を維持し発展させてきました。

欧州諸国のホールマークは、ある特定の時代だけだったり、市場が小さく制度が徹底されていなかったりと不備なことが多いようです。 また旅してみると感じるのですが、欧州人にも気質の違いがあって、偏見かも知れませんが、同じことをイタリア人やスペイン人に要求しても、無理な感じがしないでもありません。

『International Hallmarks on Silver』という本を使うと、過去数百年にわたって各国のシルバーホールマーク体系が概観できます。 ざっくり申し上げると、北欧やオランダのホールマーク体系はイギリス寄りで比較的しっかり出来ていて、ラテン系の南欧諸国はちょっとゆるいといったところでしょうか。




No. 20050 エドワーディアン スターリングシルバー クロス Forget-me-not(忘れな草)モチーフ with ブリティッシュ ホールマーク SOLD
縦の長さ(本体部)3.3 cm、横の長さ2.1 cm、留め具の銀円環を含む縦長3.9 cm、1910年 バーミンガム アセイオフィス、一万九千円 SOLD

わすれな草はヨーロッパを原産とする、薄青色の小花が可憐な一年草で、信義とか友愛のシンボルとされます。 花言葉は「Forget-me-not」そのもので、「忘れないで」です。

「Forget-me-not」はイギリスのフィールドでよく見られる花で、昔から咳止めなどの薬草としても使われてきましたので、人気があって役に立つ花です。イギリスの勿忘草は、細かく言うと四つほど種類があります。野原で一般的なのは「フィールド勿忘草」、森の中で見られる「ウッド勿忘草」はやや大型です。イエローからブルーに色が変わっていくのが「チェインジング勿忘草」で、ふさが特徴の「タフティド勿忘草」もあります。

日本語で「忘れな草」を「勿忘草」と書くと、漢文調な雰囲気で古っぽく見えて、万葉集や古今和歌集にも出てきそうな日本古来の野草のようにも感じます。実際には「Forget-me-not」が日本にやってきたのは、百年とちょっと前のことで、「勿忘草」or「わすれな草」と訳語の日本名が付けられたのは、日露戦争があった1905年のことでした。

それでは、イギリスではどうかと言うと、これまた日本と同じ事情で、実は「Forget-me-not」という名前は舶来品の訳語でありました。 「Forget-me-not」という花の名は、元々は中世ドイツの伝説が起源で、ドイツ語の「忘れないで!」というのが、根っこになって世界中に広がっていったのです。この伝説をもとにしたポエムをイギリス人のサミュエル・コルリッジが書いたのが1802年でありました。そしてこれが英語の中に「Forget-me-not」が受容されるきっかけになったのです。

ドイツ起源の「勿忘草」がデンマークやスウェーデンに伝わり、そしてフランスに伝わり、イギリスに入ってきたのが1802年、それから百年ほどして日本へ、言葉の伝播の歴史も興味深く思います。

エドワーディアン スターリングシルバー クロス Forget-me-not(忘れな草)モチーフ with ブリティッシュ ホールマーク(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)



Twitter: 可愛らしいアンティークな村に、
半世紀前には新嘉坡から花嫁、村の古本屋さんは世界とビジネス、南アフリカに親戚。
「こんな田舎」と言うけれど、たんなる田舎と片付けられない、なんとも驚くべきグローバルさだと感じるのでした。
https://twitter.com/igirisumonya/status/1011598277337407493



イングランド&ウェールズ国境にあるアンティークな Weobly 村

ここはウェールズとなれば、当然のことながら行き先表示もウェールズの地名でいっぱいになるのですが、その地名は「Cwmbach Llechrhyd」とか「Pwllgloyw」という具合で、いったい何と読んでよいのやら、英語の綴りと発音に慣れた者からすると要領を得ません。





No. 20049 アール・デコ スターリングシルバー ティースプーン with ピアストワーク SOLD
長さ 10.8cm、重さ 10g、ボール部分の最大幅 2.3cm、透かし柄の最大幅 1.3cm、1943年 バーミンガム、 (6本あります-->3本あります-->SOLD)

この品が作られた1943年といえば第二次世界大戦中のことであり、実際のところ当時のイギリスはデザインやアートどころではなかったのですが、このティースプーンのデザイン的な背景としてはアール・デコの系譜上にあるものとみてよいでしょう。

アール・デコ スターリングシルバー ティースプーン with ピアストワーク



Twitter: #恋の骨折り損 #シェイクスピア #1594年
ナヴァールの王様と友人たち4人は、学業に専念する誓いを立てた。
そんな折、やってきたフランス王女と3人の侍女たちに一目惚れ。
さてさて、、、

男女7、8人の恋物語って、400年以上昔からの定番なんだね。
https://twitter.com/igirisumonya/status/1011569987532750848



No. 20112 ヴィクトリアン アール・ヌーボー シェイクスピア 『恋の骨折り損』 アーツ・アンド・クラフツ 布張り装丁 チズウィック・ プレス
縦 15.4cm、横 10.4cm、厚さ 1.1cm、123ページ、重さ 152g、1901年 George Bell & Sons ロンドン、Chiswick Press 印刷、一万二千円

イギリスの劇作家シェイクスピアの喜劇 『恋の骨折り損』 のヴィクトリアン アンティーク本になります。 

『ナヴァールの王様と友人たち4人は、学業に専念する誓いを立てた。その中には女性には会わないという誓いも。そんな折、フランス王女がナヴァールにやってくる。誓いをたてた4人であったが、王女と3人の侍女たちに一目惚れ。さてさて、、、』

日本の文庫本サイズですが、ハードカバーの布張り装丁本で、たいへん格調高いアンティーク本と感じます。 扉を開いてみると、写真三番目の下方に見えるように、『London
George Bell & Sons 1901』とあります。 このシェイクスピア シリーズは、ヴィクトリアン終り頃からエドワーディアン頃にかけて、順に出版されましたが、この本はヴィクトリア時代の終りからエドワーディアン初年にあたる1901年に出たものと分かります。 百年以上前の本ですが、コンディション良好で、手元において眺めていても満足です。

このシリーズ書籍は夏目漱石と大いに関係ありと、私は考えております。 ロンドン留学中に英文学書籍を買い集めていた漱石が、書店で見て手にして、おそらくは求めて日本に持ち帰った一冊だろうと推理しています。 詳しくは以下をご覧ください。

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モスグリーンの布張り装丁には、アーツ・アンド・クラフツのチューリップ & フォーリッジ インターレーシング パターンが綺麗です。 印刷元のチズウィック・プレスは、ウィリアム・モリスの初期デザインを世に知らしめたことで名を成して、イギリスにおける印刷の歴史に大きな足跡を残しました。 

また、挿絵を描いている Byam Shaw はヴィクトリアン後期からエドワーディアンの頃に活躍したラファエル前派からつらなる画家で、シェイクスピアの挿絵画家としても人気がありました。 1910年には Byam Shaw School of Arts を創立しています。 現在ではこのアート・スクールは芸術分野において世界でも有数なCentral Saint Martins の一部になっています。

本文および用語解説の本体部は123ページありますが、それ以外に巻頭部には挿絵とイントロダクションが十ページほどあって、その後に登場人物説明、そして本文にあたる第一幕が始まっていきます。 

写真四番目は第一幕の始まり部分で、合計五幕構成の各幕始めにはそれぞれに違っていて楽しめるちょっとした挿絵があります。 その他に写真五、六番目のような大きな挿絵が合計六ページあるのも嬉しいところです。 

最終幕の後に写真七番目のような挿絵と『The End』が見えます。 さらにその後に続いているのが、「Glossary
and Notes」の巻末用語解説で、七ページあって昔の用語について参考になります。 

英国BBC製作テレビシリーズの一つである『恋の骨折り損』 を手助けにして、ヴィクトリアン アンティーク本を読んでみるのも面白いと思います。 ユーチューブにアップされているので、手軽に利用可能です。 百年以上の古さを持ったアンティークなテキストは、ちょっと立派過ぎるかも知れませんが、英語シェイクスピアの鑑賞&学習、まずは形から入るやり方もありでしょう。 

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ヴィクトリアン アール・ヌーボー シェイクスピア 『恋の骨折り損』 アーツ・アンド・クラフツ 布張り装丁 チズウィック・ プレス(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)ヴィクトリアン アール・ヌーボー シェイクスピア 『恋の骨折り損』 アーツ・アンド・クラフツ 布張り装丁 チズウィック・ プレス(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)ヴィクトリアン アール・ヌーボー シェイクスピア 『恋の骨折り損』 アーツ・アンド・クラフツ 布張り装丁 チズウィック・ プレス(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 20122  ウィッスル with 『MADE IN ENGLAND』 SOLD
長さ 8.2cm、直径 1.5cm、重さ 20g、五千円 SOLD

写真の品はハドソン商会の笛になります。 ウィッスルの胴体には、『MADE IN ENGLAND』の表示が見えています。 

ウィッスル with 『MADE IN ENGLAND』



No. 20137 ヴィクトリアン ハンドエングレービング 9カラット ローズゴールド フロント クロス
クロス本体の縦 2.8cm、横 1.8cm、留め具を含む縦長 3.5cm、本体の厚み 1mm、ヴィクトリアン後期からエドワーディアン頃の英国製、一万五千円

ホールマークはありませんが、ハンドエングレービングの様子から、ヴィクトリアン後期からエドワーディアンの手仕事であることを、品物自らがおのずと知らせてくれる。 そういうタイプのアンティーク クロスになります。 彫りの様子がとても繊細であることから、お手元にルーペをご用意いただけば、いっそう楽しみが増すヴィクトリアーナと思います。また、ベース素材に象嵌細工を施している様子からみて、表面部分は9カラットゴールドで間違いないでしょう。

彫刻デザインの波模様はオーソドックスなヴィクトリアンおよびエドワーディアン アンティークの特徴です。 波模様のウェーブパターンは、Continuation(続いていくこと)や Eternity(永遠)を象徴するクリスチャンモチーフで、ヴィクトリアンやエドワーディアンの時代に好まれました。

波模様の背景で色合いが濃く見える部分は、1ミリ間隔に何本もの彫刻線を引いて影を付けていった細工で、手仕事としては限界的な繊細さを持っていることがルーペで見ると分かります。 写真では十分にその繊細さがお伝え出来ませんが、アンティークハント用のルーペがお手元にあれば、眺めているだけでも楽しめるアンティークに仕上がっています。

クロス中央に見える襷がけした帯のような、あるいは山のようにも見えるこのデザインは、ヴィクトリアン後期のジャポニスムの影響を受けているように感じます。 山の八合目あたりには雲がかかったような彫刻が施してあり、さらには山の裾野にも二つの雲が見えています。 

写真のクロスはベースメタルの上に、9カラット ローズゴールドの薄板を被せた作りで、「9カラット ローズゴールド フロント」と呼ばれる素材で作られています。

デートレター等のホールマークが無いので年代特定が難しいのですが、9カラット ローズゴールド フロントという素材と共に、手彫りのエングレービングの見事さ、ウェーブパターンを含んだ全体のデザインからみて、ヴィクトリアン後期からエドワーディアンにかけての品で間違いないでしょう。

9カラットゴールドは金含有量が37.5%の合金ですが、金以外には銅を多く含む場合には、その色あいは赤みがかかっていて、イギリスではローズゴールドと呼ばれます。 英国にはバラの花が好きな人たちが多いので、ゴールドにおいてもローズゴールドが好まれるのでは?と思えます。 金純度の高いイエローゴールドよりも、温かみがあってVery Britishな装飾素材と思います。
ヴィクトリアン ハンドエングレービング 9カラット ローズゴールド フロント クロス(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)




Let it be は 夢に現れた亡き母が語ってくれた positive word

Paul McCartney Carpool Karaoke
https://twitter.com/nationaltrust/status/1010105893789294592

素晴らしい23分間だった。
Let it beのくだりや、Hey Jude、思わず涙が出た。

ポール・マッカートニーはこう言ってました。
I had a dream in the '60s where my mum, who died, came to me in the dream and was reassuring me, saying, 'it's going to be OK. Just let it be.'
She gave me the positive word. So I woke up and I went: 'What was that? What'd she say? Let it be? I've never heard that. That's kind of good.

Let it be は、ポール・マッカートニーの夢に現れた、亡くなったお母さんが言ってくれた positive word だった。





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