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アンティーク シルバー スプーン、ティーポット、ティーストレーナー、トング、サーバー、フォーク、ティー関連(2)










No.20035 シルバープレート エッグスタンド
一部 SOLD
高さ 7.5cm、重さ 48g、開口部の直径 4.7cm、底面直径 3.2cm、一つ 五千円、一部 SOLD (4つあります-->SOLD)

デコラティブな装飾が美しいシルバープレート エッグ スタンドです。 古い品ではありますが綺麗と思います。 ボディのあたりを指で弾いてやると、とてもいい音色が響きます。

小さくて、綺麗で、可愛い、飾っておいて眺めているだけでも、なんだか楽しいアンティークでありますが、ゆで卵をセットしても安定がよく出来ており、実用面でも優れています。

上部の縁辺部と台座の部分には繊細なビーズ装飾のアクセントが効いています。 ボディ上方の絞りの効いた装飾も凝っていて、ビーズ装飾と合わせて綺麗に光を反射します。 ステム部分は直線構造でなく、ここもデザインが効いていて、全体として装飾性の高さを感じます。 手にとって眺めているだけでも満足のいく美しさと思います。 

デイビット・スーシェ 主演のポワロシリーズ 『オリエント急行殺人事件』を見ていましたら、エッグスタンドが登場するシーンがありました。 食堂車でポワロが「半熟タマゴを二つお願いします。きっかり同じサイズのタマゴをね。」と注文する場面です。 二つのエッグスタンドにセットされて運ばれてきた半熟タマゴの高さを測ってみるポワロの几帳面さが現れるシーンでありました。 

弾くといい音がするもので、そういえば、映画 『Four Weddings and a Funeral』で、主演のヒュー・グラントが結婚式のスピーチを始める前に、なにか食器をチンチンチーンと叩いて、みなさんスピーチを始めますのでご静粛に、とやる場面があったなあと思い出しました。

何を叩いていたのか、どんな音だったのか、気になったので調べてみたら、ありました。

https://www.youtube.com/watch?v=S6GPicVYCvs

背景に湖が見える美しい景色のなかで披露宴、写真四番目にあるように、よい絵になっています。

叩いていたのは、グラスでした。 日本人的に思うのは、こういう席で、グラスを叩いて会場の人たちに注意を促すのは、なにか無作法な気がしますが、英国的にはありなんだなというのが、まず第一感。

さて、本題としては、聞き比べてみて、写真のエッグスタンドを叩くと、映画で聞くヒュー・グラントの音より、もっと深みのあるよい音色がします。

シルバープレートの銀は厚めなので、少しぐらいスプーンで叩いても大丈夫、お試しください。

シルバープレート エッグスタンド(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 20124 エドワーディアン スターリングシルバー バター ナイフ with ピアストワーク
長さ 15.4cm、重さ 20g、ブレードの最大幅 2.2cm、透かし柄の最大幅 1.85cm、1910年 バーミンガム アセイオフィス、二万二千円
トラディショナル イングリッシュ バターナイフ

以下では、英国のバターナイフの特徴と歴史を、ヴィクトリア期のバターの製法とあわせてご紹介しています。
igirisumonya.com/butterknife


最後に、エドワーディアンのシルバーバターナイフ完成形です。 英国バターナイフの伝統にのっとったオーセンティックなフォルム、綺麗な透かし細工に、美しいハンド エングレービング。

ジョージアンに始まり、エドワーディアン以降、今日に至るまでのバターナイフの全ての歴史を眺め渡しても、頂点に位置するシルバー作品と思えます。
エドワーディアン スターリングシルバー バター ナイフ with ピアストワーク(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)エドワーディアン スターリングシルバー バター ナイフ with ピアストワーク(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)エドワーディアン スターリングシルバー バター ナイフ with ピアストワーク(英国 アンティーク シルバー 英吉利物屋)


No. 20062 マッピン・ブラザース ハンドエングレービング ヴィクトリアン シルバープレート ナイフ
長さ 20.8cm、重さ 48g、最大幅 2.55cm、柄の最大幅 1.8cm、柄の最大厚み 3.5mm、1846年から1902年までの英国製、Mappin Brothers作、五千五百円

ヴィクトリアン アンティークには、当時は使われていたけれども、今では役割を終えて、使われなくなっている品があります。 例えば、ブレッドフォークなどが、そういう品に当たります。 役割を終えたヴィクトリアン アンティークを、現代の暮らしの中で、今風に使ってみると、日常にあってアクセントになりますし、使えるアンティークの楽しみが増すように思います。

写真のナイフは、もともとはヴィクトリアン マナーハウスで使われていた、フィッシュイーターのセットと思いますが、今日ではフィッシュ専用のテーブルウェアはほぼ姿を消しましたし、こういった大掛かりなセットもまず見かけなくなりました。

しかし、現代人の視点から、あらためて見直してみると、重厚なヴィクトリアン アンティーク ナイフで、装飾性が高いことと、全体のフォルムのよさからみて、デスク周りに一本置いてペーパーナイフとしてお使いいただくのが、もっともしっくりするように思います。

シルバープレートのヴィクトリアン アンティークになりますが、いろいろと見所があって、お薦めできるよい品と感じます。 

元祖マッピン筋にあたるマッピン・ブラザース作のヴィクトリアン シルバープレート ナイフです。 素材が厚めで、ごっつい感じの作りは、いかにも質実剛健な英国風を感じさせてくれると思います。 柄の最大厚みは、柄元付近で3.5mmもあります。 柄先に向かって柄幅も1.8cmとビックサイズなので、百数十年前に作られたヴィクトリアン アンティークの重厚感を味わうにはもってこいです。 

写真五番目にサイドの様子を撮ってみましたので、ご覧いただくと、この品のしっかりした重厚な雰囲気がよりお分かりいただけると思います。 

写真三番目で見えるように、柄の裏面にはMAPPIN BROTHERSの刻印があります。 マッピン・ブラザースはマッピン&ウェブの本家筋にあたるシルバースミスですが、1902年にはマッピン&ウェブに吸収合併された経緯があります。 ちなみに1902年と言えば、夏目漱石がロンドンに留学していた頃です。 

シルバープレートの品なのでデートレターはありませんが、Mappin Brothers のメーカーズマークが刻印されていることから、その製作は工房が存在した1846年から1902年のほぼヴィクトリア時代と限定できること。 そして、この古い品物の背景には、マッピン・ブラザースとマッピン&ウェブのストーリーが横たわっていること。 等々を考えていきますと、こういう品にはアンティークのロマンが感じられて、とても気になるところです。

このアンティークの場合には、まずマッピン・ブラザースという名前のよさに惹かれました。 そして、シルバープレートの品ではデートレターがないのが普通で、製作年が分からないことが一般ですが、この品に関しては工房名とその存在期間から百年以上前の作と分かるところが、とても興味深いと感じております。 まさにシャーロック・ホームズの時代に使われた正真正銘のヴィクトリアン アンティークと分かるのです。

写真四番目のように、ブレードに施された彫りの様子は一本一本が微妙に違っていて、ハンドエングレービングであることが確認できます。 今日であれば機械作りが当たり前なこうした品でありましても、職人さんの手仕事から成り立っていたことは興味深く、このアンティークを生んだヴィクトリアンという時代のなせるわざと言えましょう。 

マッピン関連のアンティークを扱っていると、「Mappin & Webb」とよく似た名前の「Mappin Brothers」というシルバースミスに出会うことがあります。 まさに今回の事例になりますが。。
「Mappin Brothers」は1810年にジョセフ マッピンが創業した工房で、彼には四人の後継ぎ息子がありました。 四人は上から順にフレデリック、エドワード、チャールズ、そしてジョンで、年長の者から順番に父親の見習いを勤めて成長し、1850年頃には引退した父ジョセフに代わって、四兄弟が工房を支えていました。

ところが末っ子のジョンは、工房の運営をめぐって次第に兄たちと意見が合わなくなり、ついに1859年には「Mappin Brothers」を辞めて独立し、「Mappin & Co」という銀工房を立ち上げました。 以後しばらくの間、「Mappin Brothers」と「Mappin & Co」は「元祖マッピン家」を主張しあって争うことになります。

しかし最初のうちは「Mappin Brothers」の方が勢力があったこともあり、1863年には末っ子ジョンの「Mappin & Co」は「Mappin & Webb」に改名することとなりました。 Webbというのはジョンのパートナーであったジョージ・ウェブの名から来ています。

「元祖マッピン家」問題では遅れをとったジョンでしたが、兄たちよりも商売センスがあったようです。 スターリングシルバー製品以外に、シルバープレートの普及品にも力を入れ、目新しい趣向を凝らした品や新鮮なデザインの品を次々と打ち出し、しかも宣伝上手だったのです。 ヴィクトリアン後期には当時の新興階級の間でもっとも受け入れられるメーカーに成長し、それ以降のさらなる飛躍に向けて磐石な基盤が整いました。

20世紀に入ってからの「Mappin & Webb」は、「Walker & Hall」や「Goldsmiths & Silversmiths Co」といったライバルの有名メーカーを次々にその傘下に収めて大きくなり、今日に至っています。 

また、「Mappin Brothers」ですが、時代の波に乗り切れなかったのか、1902年には「Mappin & Webb」に吸収されてしまっています。 ただ、その頃には三人にお兄さん達はとっくの昔に引退しており、後を継いだエドワードの息子さんも引退して、マッピン家のゆかりはいなかったようです。 そうこう考えると、ジョージアンの創業で、ヴィクトリア時代に二つに分かれたマッピンが、エドワーディアンに入ってまた一つの鞘に戻れたことはよかったのかなとも思うのです。

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マッピン・ブラザース ハンドエングレービング ヴィクトリアン シルバープレート ナイフ




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