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英国陶器の街、ストーク オン トレント と クリスマスのアンティークな見方。(西洋アンティークの専門誌『オクルス』掲載)

ミントンのプレート

今回は英国陶器の街、ストーク オン トレントをご紹介します。
ストーク オン トレントはロンドンから北西約200kmにある、英国陶器の古里で、古くから窯業の町として知られてきました。現在でも、ロイヤルドルトン、ミントン、ウェッジウッド、スポード、ムーアクラフトなど有名窯元が軒を連ねており、ビジターセンターやミュージアムが充実しているので、世界各地から陶器ファンが訪れます。

どれも訪れたい窯元ばかりなのですが、子供の頃、毎朝使っていたあのうさぎが脳裏に焼き付いているからでしょうか、バニキンズシリーズのロイヤルドルトンをどうしても見たいと思い、併せて今はその傘下にあるミントンに行ってきました。
ミントンのキュレーターでジョーンさん、ロイヤルドルトンのキュレーターでヘレンさん、ヴァレリーさんから、お茶を囲んでお話を伺いました。冬休みが近いのでクリスマスの過ごし方に話題が向かい、皆さんキュレーターと言うこともあって、英国クリスマスのアンティークな見方も教えていただきました。

ミントン美術館は現在移築準備中で来年春に再オープンします。それでも事前に予約すれば可能な限り見せていただけるとのこと、ジョーンさんに館内を案内していただき、ミントン垂涎のコレクションを堪能しました。

ミントンと言えば日本ではハドンホールが有名ですが、1793年の創業以来トップメーカーの一角にあり続けたミントンの作品は、マジョルカ焼きやヴィクトリアンタイルも含めて英国アンティーク界にあっても常に注目を集めてきました。

マジョルカ焼きには、東洋的な、それも日本に影響されたモチーフや色合いの作品がずいぶんと多いのに驚かされます。マジョルカ焼きはヴィクトリア期の1860年頃から作られ、その明るい色合いと独特なモチーフが人気でした、1870年以降は特に日本風を意識的に取り込んだ作品を多く生み出していきました。色は九谷にも似たこの強烈な色彩に惹かれて、アメリカからのコレクターが多いとお聞きしました。ヒイラギのリースをあしらったクリスマスプレートも美しいものでした。

19世紀後半は、ヴィクトリアンタイルがブームを迎えた時期でした。ミントンの二代目、ハーバートは新しい技術を取り入れて、飛躍的に増大するタイル需要に応えるとともに、美術的にもタイルを完成の域にまで到達させ、「ヴィクトリアンタイル創業の父」と呼ばれました。
ミントン美術館では、ヴィクトリア女王戴冠50年記念タイル、円卓の騎士ガレス&リネットのタイルなど多くの作品が展示されています。
(ミントンのタイルについては、「アンティーク タイル」のページもご覧ください。)


John Moyr Smith 作、Gareth and Lynette
英国の詩人アルフレッド テニスンの詩 『Idylls of the King (1859)』 を題材とする12枚組みタイルの一つ。 Mintons China Works, 1880年頃。


ロイヤルドルトンは、キュレーターのヘレンさんに案内いただきました。こちらはビジターセンターなのでビデオがあったり、ポートレートフィギュアが実際に作られる様子を見れたりと、楽しめる趣向になっています。また併設レストランは作品展示も兼ねていて、スタフォード名物のオーツケーキなど食べながら、周囲を見渡すと、年代別にロイヤルドルトンの食器が飾られていて、素晴らしいお茶が楽しめます。また別のショールームには様々な趣向を凝らしたクリスマスディナーのセッティングが展示されていました。

キュレーターの方々からお聞きした英国クリスマスの過ごし方と、そのアンティークな見方も合わせてご紹介しておきましょう。

冬になるとイギリスの昼間の時間は、日本と比べてもずいぶんと短くなります。クリスマスの頃には、日の出が午前八時過ぎ、日没は午後四時頃です。一日の三分の二以上が夜となって、もし何もなければ気も塞ぎがちになりそうな時期が、逆に賑やかで華やいだ時期となるのは、クリスマスのお陰でしょう。

十二月ともなると、子供たちはアドバントカレンダーをめくって、サンタクロースがやってくる日を待ち遠しく数えます。学校でもクリスマスショーと呼ばれる演劇会、クリスマスディナー、そしてスクールパーティーと行事が目白押しです。
クリスマスを待つ気分は大人も同じで、クリスマスカードの準備を始め、子供達と一緒にクリスマスツリーを飾り、プレゼントに思いを馳せ、お休み気分で、気もそぞろになってきます。

イギリスのクリスマスはむしろ日本のお正月の雰囲気によく似ていると思います。
24日ともなると、ロンドン、ユーストンのターミナル駅は、お土産を持った若い人たちで混み合います。普段は都会で暮らす人たちも、この特別な日を家族で祝う為に帰省するのです。それはまるで、上野駅の年の瀬風景のようです。

昔の時代に思いを致すアンティークな観点から、英国のクリスマスを見なおすと、また違ったクリスマスが見えてきます。

クリスマスの象徴とも言えるクリスマスツリー、そして家族で祝う休日としてのクリスマス、これらは昔からあったものではなく、ヴィクトリア時代に取り入れられていった習慣だそうです。それより前の19世紀前半、高々150年ほど前には、イギリス人にとっても見慣れないものだったのです。

ヴィクトリア女王の夫君であったアルバート公が、ご出身のドイツの風習としてクリスマスツリーを宮殿に持ち込んだのが、1841年でした。それから20年ほどかけて、徐々に英国にクリスマスツリーが定着していきました。『クリスマスキャロル』の作者ディケンズは1850年に書いた随筆の中で、クリスマスツリーのことを、ドイツ人のおもちゃと呼んでいます、当時のイギリス人にとって、クリスマスツリーはまだ目新しい物だったのでしょう。ヴィクトリア女王のお幸せな結婚生活と、このドイツの風習を重ね合わせて見た当時の人たちは、クリスマスツリーを好意的に受け入れていったのでした。

『クリスマスキャロル』は1843年の作品ですが、物語の登場人物、ボブクラチットはクリスマスデイには、当然に休暇が取れるものとは思っていなかったことが読み取れ、そこに当時の世相が反映されています。

ディケンズはクリスマスという一年の中でも大切な時に、家族が一緒に過ごすことの意義を訴えた作家でもありました。前述の随筆の中でディケンズはクリスマスには、学校の寄宿舎や職場から、家族のもとへ戻って休日を過ごすべきだと思う。」と述べています。そしてクリスマス休暇が一般的になったのは1870年代以降のことだそうです。

日本から見ていると、西欧のクリスマスというのは、今と同じように昔からあったもののように思いがちですが、今日のクリスマスのあり方は比較的近年になって出来てきたものだったことが分かります。
ヴィクトリア時代にアルバート公やディケンズの働きかけがなかったら、今とは違ったクリスマスを過ごしているかもしれないのです。


 

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